しゃもじ
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しゃもじ(杓文字)は、飯をすくったり混ぜたりするのに使用する杓子[1]。前者の用途としては飯を炊飯器・おひつなどから食器に取り分けるために用いる。また、後者の用途としては寿司飯を作る際に酢と飯を切り混ぜたり、混ぜご飯にかやくを混ぜ込む時などに用いる。飯杓子ともいう[1]。
目次
1 形状
2 語源
3 歴史
4 神道と杓文字
5 出典
6 外部リンク
形状
先端が楕円形に広がったへら状になった薄板で、材質は伝統的に木や竹であったが、現在では合成樹脂などといった硬いがやや柔軟性のある素材でも作られる。
日本の米(ジャポニカ米)の性質上、炊いた米(飯)は粘着性を持つためにしゃもじには米粒がくっつきやすく、寿司飯を作る場合等に作業の妨げになる。これがくっつかないようにするためにはあらかじめ木製のしゃもじを水につけておくなどの工夫がされる。
合成樹脂製のものでは、米粒がくっつきにくいしゃもじが発売されているが、これはへら部の表面に小さな突起を多数つけるという加工(エンボス加工)をすることにより、米粒との接触面積をできるだけ少なくし、粘着しづらくするという工夫がされたものである。
語源
語源は、柄の先に皿形の部分が付いた道具の「杓子」(しゃくし)の頭字「しゃ」に接尾語「もじ(文字)」が付いた女房言葉(にょうぼうことば)である。本来は汁をよそう杓子も含めた言葉であり、米飯をよそうものを特に飯杓子(めしじゃくし)と言ったが、時代が経るにつれ、汁用のものをおたま(お玉杓子)、米飯用のものをしゃもじというようになった。杓子のなかでも、滋賀県の多賀大社がお守りとして出している杓子が、杓子を代表するもので「御多賀杓子」とよばれる。これが転じて「おたまじゃくし」・「おたま」になったとする説もある。ちなみに、カエルの子のオタマジャクシの語源もここに由来する。
歴史
稲作の伝来と共に伝わったとみられ、弥生時代の遺跡からもしゃもじが出土している。
神道と杓文字
安芸の宮島(厳島、広島県)の名産品でもある(そのため「しゃもじ」そのものを「宮島」と呼ぶこともある)。「必勝」「商売繁盛」などの文字が染め抜かれた飾りしゃもじも工芸品として製作されている。寛政の頃、宮島の光明院の修行僧、誓真が、当時主たる産業がなかった宮島のために、弁天のもつ琵琶と形が似たしゃもじを宮島参拝のみやげとして売り出すことを島民にすすめたことを起こりとする。
百日咳に御利益があるとされる神社には、完治した後にお礼として「しゃもじ」を納める習慣がある場合がある。
また、広島県を本拠地とするスポーツチーム(広島東洋カープ、サンフレッチェ広島、その他アマチュアスポーツにおける全国大会での広島県代表チーム)、広島県内での国際規模のスポーツ大会での日本代表(2011年ワールドカップバレーボール他)の応援にしゃもじを楽器代わりに使う事例も多数ある。
出典
- ^ ab意匠分類定義カード(C6) 特許庁
外部リンク
- 王 秀文『シャクシ・女・魂-日本におけるシャクシにまつわる民間信仰』 - 国際日本文化研究センター