セビョル郡


































セビョル郡
位置

DPRK2006 Hambuk-Saepyol.PNG

各種表記

チョソングル:

새별군

漢字:



片仮名転写:

セビョルグン

ローマ字転写 (MR):

Saebyŏl-gun
統計
行政
国:
朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
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セビョル郡(セビョルぐん)は朝鮮民主主義人民共和国咸鏡北道に属する郡。セビョルは朝鮮語の固有語で「あたらしき星(明けの明星)」の意味[1]。セッピョル郡(샛별군)と記されることもある。旧称は慶源郡경원군、キョンウォンぐん、けいげんぐん)。




目次






  • 1 地理


  • 2 歴史


    • 2.1 年表




  • 3 観光


  • 4 交通


  • 5 産業


  • 6 行政区画


  • 7 観光


    • 7.1 主な郡内ロケ地




  • 8 外部リンク


  • 9 注記





地理


咸鏡北道の北東部に位置し、豆満江に面している。


郡人民委員会が所在するセビョル邑は、郡の北寄りにある。北に穏城郡、西南に会寧市、東南に恩徳郡と隣接し、豆満江の対岸は中華人民共和国吉林省琿春市で、セビョル邑に近い柳多島で橋が架かっている。



歴史


高句麗、渤海国を経て女真族の居住地であり、高麗・朝鮮王朝との間に争奪が繰り広げられ、15世紀前半に朝鮮王朝の支配下に入った。



年表


この節の出典[2]




  • 高麗時代 - 孔州と称された。


  • 1398年 - 慶源府が置かれた。


  • 1428年 - 慶源郡となる。


  • 1895年 - 鏡城府慶源郡となる(二十三府制)。


  • 1896年 - 咸鏡北道慶源郡となる。一部(訓戎面)が穏城郡に編入。


  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、咸鏡北道慶源郡に以下の面が成立。(6面)
    • 慶源面・安農面・東原面・龍徳面・阿山面・有徳面



  • 1947年11月 - 有徳面が慶興郡に編入。(5面)


  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、咸鏡北道慶源郡龍徳面・安農面・東原面・慶源面および阿山面の一部、穏城郡訓戎面の一部地域をもって、慶源郡を設置。慶源郡に以下の邑・里が成立。(1邑21里)
    • 慶源邑・金洞里・安農里・安原里・古城里・峯雲里・甑山里・中栄里・下面里・沙水里・城内里・洞林里・龍北里・新乾里・龍峴里・龍南里・龍新里・承良里・魯貫里・良洞里・金華里・龍門里



  • 1953年12月 (1邑1労働者区21里)

    • 沙水里・金華里の各一部が合併し、訓戎里が発足。

    • 下面里の一部・沙水里の残部・金華里の残部が合併し、沙水里が発足。

    • 新乾里・魯貫里の各一部が合併し、禾汀里が発足。

    • 新乾里の残部・魯貫里の残部が合併し、新乾里が発足。

    • 龍北里の一部が分立し、古乾原労働者区が発足。




  • 1954年10月 (1邑1労働者区21里)

    • 洞林里の一部が龍北里に編入。

    • 龍北里の一部が古乾原労働者区に編入。




  • 1958年6月 (1邑1労働者区23里)


    • 鍾城郡龍渓里・鳳山里・鐘山里・硯山里を編入。

    • 古城里が安原里に編入。

    • 禾汀里が新乾里に編入。

    • 慶源邑が農圃里に降格。

    • 峯雲里が慶源邑に昇格。




  • 1961年3月 (1邑3労働者区20里)

    • 下面里が下面労働者区に昇格。

    • 龍北里が龍北労働者区に昇格。

    • 甑山里が城内里に編入。




  • 1964年5月 - 慶源邑の一部が分立し、後石里が発足。(1邑3労働者区21里)


  • 1977年9月 - 慶源郡がセビョル郡に改称。(1邑3労働者区21里)

    • 慶源邑がセビョル邑に改称。

    • 承良里が龍堂里に改称。




  • 1986年12月 - 安農里が柳多ソム里に改称。(1邑3労働者区21里)



観光


豆満江を境にして中国琿春市と接している。北部屈指の炭田である。


  • 柳多島:セピョル邑から東へ約4kmの地点にある。革命史跡地とモダンな農村住宅が建ち並んでいる。


交通




  • 咸北線

    • 訓戎駅 - 下面駅 - セビョル駅 - 農圃駅 - 龍洞里駅 - 新乾駅



  • 古乾原線
    • 新乾駅 - 古乾原駅




産業


豆満江沿岸の褐炭炭田(咸北北部炭田)の一部を構成している。郡北部の訓戎(훈융)・下面(하면)、郡中部の古乾原(고건원)が日本統治時代から開発が進められた炭坑として知られ、現在も操業が行われている。



行政区画


1945年8月15日時点で、慶源・安農・東原・龍徳・有徳・阿山の6面があった。



  • 慶源面 - 경원면【慶源面】(キョンウォンミョン)

  • 安農面 - 안농면【安農面】(アンノンミョン)

  • 東原面 - 동원면【東原面】(トンウォンミョン)

  • 龍徳面 - 용덕면【龍德面】(リョンドンミョン)

  • 有徳面 - 유덕면【有德面】(ユドンミョン)

  • 阿山面 - 아산면【阿山面】(アサンミョン)


現在は1邑・3労働者区・21里を管轄する。







  • セビョル邑(セビョルプ)

  • 古乾原労働者区(コゴヌォンノドンジャグ)

  • 龍北労働者区(リョンブンノドンジャグ)

  • 下面労働者区(ハミョンノドンジャグ)

  • 金洞里(クムドンニ)

  • 農圃里(ノンポリ)

  • 洞林里(トンニムニ)

  • 良洞里(リャンドンニ)

  • 龍渓里(リョンゲリ)

  • 龍南里(リョンナムニ)

  • 龍堂里(リョンダンニ)

  • 龍門里(リョンムンニ)




  • 龍新里(リョンシンニ)

  • 龍峴里(リョンヒョンニ)

  • 柳多ソム里(リュダソムニ)

  • 鳳山里(ポンサンニ)

  • 沙水里(サスリ)

  • 城内里(ソンネリ)

  • 新乾里(シンゴンニ)

  • 安原里(アヌォンニ)

  • 硯山里(ヨンサンニ)

  • 鐘山里(チョンサンニ)

  • 中栄里(チュンヨンニ)

  • 後石里(フソンニ)

  • 訓戎里(フニュンニ)




観光


当地は「テレビジョン連続劇・旺載山」のロケ地であり、いわゆる「聖地」が郡内に存在する[3]



主な郡内ロケ地





  • 城内里(第13,14部)



外部リンク




  • (朝鮮語) 咸鏡北道(以北五道委員会)


  • (朝鮮語) 中央日報北韓ネット・北韓地名辞典 セビョル郡



注記





  1. ^ 中国標準語(北京語)では新星郡と表記。


  2. ^ 함경북도 경원군 역사


  3. ^ http://www.uriminzokkiri.com










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