最低賃金
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最低賃金(さいていちんぎん)とは、最低限支払わなければならない賃金の下限額のこと。最賃(さいちん)とも略される(法律上は略称として定義されていないが、新聞記事の見出しや労働組合等では用いられている)。
目次
1 概要
2 歴史
3 減額・適用除外について
3.1 若年者への適用について
4 雇用との関係
4.1 理論的考察の紹介
4.2 実証
5 代替案
6 各国の法定最低賃金
7 アメリカ
7.1 歴史的経緯
7.2 決定方式
7.3 減額・適用除外
7.4 履行保証
7.5 最低賃金以下及び時給15ドル以下の労働者に関するデータ
7.6 経済学者による最低賃金引き上げ論
8 日本
8.1 歴史的経緯
8.2 最低賃金制度
8.3 決定方式
8.4 派遣者における最低賃金
8.5 減額・適用除外
8.6 履行保証
8.7 最低賃金未満及び最低賃金近傍の労働者に関するデータ
8.8 失踪外国人技能実習生の失踪動機
8.9 最低賃金引上げの動向
8.10 諸議論
8.10.1 賃金水準について
8.10.2 地方最低賃金審議会の公平性について
8.11 最低賃金との比較について
9 イギリス
9.1 歴史的経緯
9.2 決定方式
9.3 減額・適用除外
9.4 履行保証
9.5 最低賃金以下及び生活賃金未満の労働者に関するデータ
9.6 議論
10 ドイツ
10.1 歴史的経緯
10.2 決定方式
10.3 減額・適用除外
10.4 履行保証
10.5 問題点
11 フランス
11.1 歴史的経緯
11.2 決定方式
11.3 減額・適用除外
11.4 履行保証
11.5 最低賃金未満の労働者に関するデータ
12 スイス
13 関連項目
14 脚注
15 出典
16 参考資料
17 外部リンク
概要
労働基本権に基づくもの。多くの国では労働者の基本的な権利として広く適用されているが、必ずしも全ての労働者に適用されるものではなく、外国人労働者は対象外とするような特定の層に対して減額や、適用除外が行われることがある。シンガポールのように清掃業と警備業、造園業を除き最低賃金制度は存在せず、賃金は労働力の需要と供給のバランスで決定される国家もある[1]。
傾向としては、発展途上国やフランス語圏の国では、広範に最低賃金が適用されている[2]。
歴史
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世界で初めて最低賃金制度が創設されたのは、1894年のニュージーランドの強制仲裁法であった。きっかけは、1890年に勃発した港湾労働争議である。56日間にわたるこの争議は市民に厭戦気分を与えた。ニュージーランドは島国であり,港湾作業がストップすると自国で生産できない物資は入手できなくなり、社会に多大な影響を与える。しかもこの争議はオーストラリアの労組に連帯して行われたものであり、ニュージーランド国内で解決することができなかった。つまり現在の日本法では違法とされる,いわゆる同情スト,支援ストに該当するものであった。
本港湾争議は労働争議一般に対して,いかなる解決方法が適切かを時の政府に突きつけるものとなった。またこの争議は社会全体に労働争議に対するマイナスイメージを与えてしまった。このような流れの中で労働争議を適切に解決する手段が模索された。労働争議の解決は新しい分野であり,当時の裁判所なり法システムなりでは解決できないものだったからである(コモンロー裁判所では一般的に金銭での損害賠償による解決が図られ,エクィティ裁判所はコモンローでは解決できない差し止め命令などの特別な命令を発することにより個別具体的な紛争を解決することが本来の姿である。今日では 両裁判所は統合されているのが一般的である。)。その結果1894年強制仲裁法が制定されることとなった。またこの法により、労働争議の解決策の1つとして強制仲裁方式により最低賃金を決定しようとするものであった。最低賃金制度は、このように労働争議の解決に役立ち得るばかりではなく、低賃金の改善が進められることによって社会的緊張や対立を回避し、労使間の紛争の発生を未然に防ぎ健全な労使関係の実現に資するものと考えられる。そして、その2年後にオーストラリアのビクトリア州の工場法において、最低賃金制度が定められた。また両国はどちらとも、低賃金の移民労働者の流入と労働者の生活水準の低下及び労使関係の不安定さが背景にあった。
また、1907年、オーストラリアの連邦調停仲裁裁判所のヒギンズ判事による最低賃金の取り決め、のちに基本賃金と呼ばれたものに関する判決があった。これは、1907年、ヴィクトリアの製造業者マカイHugh Victor McKayが、彼の会社が製造した農機具への1906年物品関税法の適用除外を求める請求を行い、連邦調停仲裁裁判所の長官ヒギンズに判断が委ねられた。同法は、調停裁判所が「公平かつ妥当な」賃金を支払っていると認めない限り、製造業者は物品税の形で関税を支払わねばならない旨定めていた。したがって問題は、「公平かつ妥当な」賃金がいくらであるかにあった。賃金が公平妥当であるかの判断基準として、ヒギンズは企業の収益性を拒否し、代わりに労働者の生活保護の観点を重視した。ヒギンズは非熟練労働者の家計調査を行い、夫婦と3人の子供で構成される家庭が「文明的な生活を送る」ための最低賃金を日給7シリング(週給42シリング)と試算した。マカイは労働者に日給6シリングしか払っておらず、ヒギンズは「公平かつ妥当な」賃金が払われていないとして請求を却下した。ただし、当時の主要な製造業者によって非熟練労働者に支払われていた日給は、約6シリング6ペンスであった。ヒギンズが7シリングに定めた理由として、同額が労働運動の目標であったことと、対等な力関係にある労使間の団体交渉により決定されるであろう金額であったと、ヒギンズが考えていた点を指摘する研究者も多い。ハーヴェスタ判決は必ずしも労働組合の熱狂的支持を受けたわけではなく、最高裁からも違憲判決を受けているが、彼の示した原則は最低「生活給」living wageへの強力な論拠として受け容れられていった。[11]
そして、1909年にイギリスで産業委員会法が制定され、1911年に低賃金業種で働く労働者に対する強制的賃金決定機構として賃金委員会が設置された。翌年、アメリカのマサチューセッツ州で、女性および若年者を対象として制定された。更に、1915年にフランスにて衣料関連の家内労働者に対して最初の最低賃金制度ができた。
1928年には、ILOによって、ILO条約の第26号が採択された。
日本の場合は、1947年(昭和22年)に制定された労働基準法において、行政官庁が最低賃金審議会の意見を聞いて最低賃金を定めることができるという旨の規定が置かれた。その後、1959年(昭和34年)に、最低賃金法(昭和34年4月15日法律137号)によって、最低賃金制度が導入された。
減額・適用除外について
以下の状況では、最低賃金の減額や、適用除外が行われることがある[2]。
労働生産性が低く、適用範囲から外れても危険が生じない状況においては最低賃金を払うことが困難な層
- 例:若年者、学生、障害者、見習生
- そもそも高い所得や手厚い加護を受けており、最低賃金の保護が必要のない層 (ホワイトカラーエグゼンプション)
- 雇用関係が特殊なため、最低賃金を適用しないことが正当化される層
- 例:管理職、専門職、家事手伝、歩合給の者、チップをもらっている者
- 公的部門の被用者
- 例:日本・フランスの政府一般職員
他には、事業所人数が10人未満のところは除外(バングラデシュ、スーダン、ミャンマーなど)、農業は除外(カナダ、パキスタンなど)といった国もある。
減額と適用除外とでは、減額とする国が一般的である[2]。また、かつては女性に対する減額も一般的に行われていた[2]。
若年者への適用について
若年者に対しては、大多数の国が減額を適用していないが[2]、一部の国では企業の負担が軽減されることにより労働需要が生まれるとして、減額制度を適用している。
適用に際して、どの程度減額するか、何歳までを最低賃金の適用除外とするかは、国によって異なる。一般的には「18歳または17歳以下の労働者に5%から15%の間の率を減じた率を適用している。」[2]より引用(以下本文において若年者に対する減額率は、成人の最低賃金に対するもの)。
- オランダ
- 最低賃金の適用年齢がもっとも高い。22歳以上は最低賃金を適用。21歳未満は最低賃金が減額される。減額率は、下表のとおりである。[12]
- 最低賃金の適用年齢がもっとも高い。22歳以上は最低賃金を適用。21歳未満は最低賃金が減額される。減額率は、下表のとおりである。[12]
年齢 | 21歳 | 20歳 | 19歳 | 18歳 | 17歳 | 16歳 | 15歳 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
減額率(%) | 15.0 | 30.0 | 45.0 | 52.5 | 60.5 | 65.5 | 70.0 |
若年者最低賃金を設定している考え方としては、以下のものがあげられる。
- 生産性:22歳未満の労働者の生産性は、22歳以上の一般労働者の生産性より低いと考えられるため、一般より低い最低賃金を設定できるという考え方。
- 必要性:若年者は通常家族と同居する場合が多く、家族の責任を果たす度合いが小さいためかかる費用が少ない。したがって、所得保障として一般の最低賃金を保証する必要はないという考え方。
- 就学との関係:若年者に一般の最低賃金を適用した場合、彼らの就労意欲を高める効果がある半面、就学を疎かにするという考え方。
なお、オランダでは 2004年5月から年齢差別禁止法が施行され、年齢を根拠とする差別が禁止されているが、同法第7条1項において労働政策に関する差別措置を例外とする旨の規定が設けられており、若年者最低賃金の設定は維持されている。また、13歳及び14歳の労働について、労働時間法(Arbeidstijdenwet - ATW)の規定により、休校日に軽微な非工業の就労(light non-industrial work)が認められており、最低賃金は、本来学業に専念すべき年齢の彼らに報酬を得ることを目的とする就労は認めないという趣旨から最低賃金は適用されない。[13]
雇用との関係
最低賃金法の雇用に対する影響の良し悪しは論争になっている[14][15]。最低賃金に関する蓄積された諸研究の解釈を巡って、最低賃金が雇用に与える影響が負だという証拠はないという者もいれば、最低賃金の研究についてコンセンサスはないと結論づける者もいる[16]。
理論的考察の紹介
元来、経済学者達は伝統的な完全競争モデルに基づき、最低賃金法を厳しく批判してきた[17]。一般に経済学では、雇用量と賃金は労働の需要量(求人量)と供給量の一致する点(均衡賃金)で決定するため、失業は存在しないとされている[18]。最低賃金法は社会保障の観点から、均衡賃金より低い場合は、それより高い水準に最低賃金を設定する[18]。したがって、最低賃金を下回る労働生産性しか持たない人は雇用機会を奪われ、失業が発生するとされている[18]。所得格差を是正するはずの最低賃金が、逆に格差を拡大させる可能性を生じさせるとされている[18]。
ミクロ経済理論の代表的なものの一つに、最低賃金の存在がかえって低賃金労働者の厚生を引き下げるという命題がある[19]。企業の労働コストを引き上げ、労働需要を減少させる最低賃金制度は、労働者の最低生活保証手段として有効なツールではないこと、労働市場の需給には直接介入せず、低賃金労働者への生活保障は事後的な政府からの所得移転によって行うべきであること、の二つの基本命題は、1990年代以降、主流派経済学者間のコンセンサスであり続けている[19]。
経済学者の飯田泰之は「最低賃金の引き上げによって、労働者の余剰は増えるかもしれないが、企業の余剰と労働者の余剰の合計である総余剰は減少する。さらに、最低賃金の引き上げによって、企業は労働者の解雇で対応しようとする。つまり、結果的に(非自発的)失業者が増加する[20]」「最低賃金の上昇による失業者の増大は『最も貧しい人から解雇される』作用をもたらす政策となってしまう[21]」と指摘している。飯田は「最低賃金制は、『貧者の救済』という善意から生まれた政策であるが、その善意が失業を生む可能性があることを冷静に考える必要がある」と指摘している[22]。また飯田は「最低賃金の問題もそうであるが、規制は管理コストが高い。規制強化ではみ出ると駄目という社会になると、管理型国家になってしまう」と指摘している[23]。
経済学者の岩田規久男は「賃金低下を防ごうとして、最低賃金を引き上げれば、企業は生産を縮小させるか、市場から撤退する。最低賃金を引き上げても、求職者がすべてその賃金で雇用されるわけではない」と指摘している[24]。
経済学者のデヴィッド・フリードマンは、最低賃金の引き上げは、企業に対する増税と同じだと主張している[25]。最低賃金が上がれば人件費の負担が増え、企業が雇用を減らそうとするため、労働者が失職する確率も高まると指摘している[25]。
エコノミストの山田久は「経済学的には、最低賃金の引き上げは、『賃金が生産性を上回る状況を生み出すことで企業業績を圧迫し、失業増などにつながる』というのが標準ケースであるが、潜在的な労働供給が需要を上回る状態が常態化している『需要独占』の場合は、賃金は生産性を下回っているため、最低賃金引き上げは賃金増と雇用増の双方をもたらし得る。アメリカでは、1990年代に入って『需要独占』の存在を示唆する研究が発表されたことを機に、その後研究の蓄積が進んだが、最低賃金の引き上げは失業増につながるとする、標準的な見方が有力である」と指摘している[26]。
経済学者の大竹文雄は「最低賃金の引き上げによって、就業者は高い賃金を得られ就業者間で格差は縮小するが、最低賃金の引き上げは失業者を増加させるため、失業者と就業者の間に格差は大きくなり、運・不運の差を拡大させる」と指摘している[27]。
しかし2013年現在、労働市場を完全競争だとみなすことの不備が、経済学者自身によって指摘されている[17]。まず賃金の上昇は労働者に一生懸命働くインセンティブを与えるので、生産性が向上し、転職が抑止される。従って雇用者はこうした効果を期待して、均衡水準より高い賃金を労働者に与える傾向がある[* 1]。ジョセフ・E・スティグリッツは、最低賃金法による賃金上昇は、こうした効果による賃金上昇により相殺されるため、最低賃金法は予想していたほどの悪影響を与えないかも知れないとしている[28]。
また最低賃金法が長期的には雇用によい影響を与えるという意見もある。最低賃金法は短期的には低賃金労働者によって成り立っていた産業を壊滅させるかもしれないが、結果としてそれは労働者への投資を増大させる事に繋がり、長期的には生産性を増大させる可能性があるからである。たとえばスタンフォード大学の経済史家であるゲイビン・ライトによれば、最低賃金法は南北戦争から大恐慌の頃までのアメリカ南部での低賃金の解消に決定的役割を演じ、アメリカ南部の労働市場をより高賃金の産業へとシフトさせる上でダイナミックな役割を果たしたとしている[28]。別の指摘としては、労働市場は完全競争ではなく需要独占である可能性がある、というものがある。このモデルによれば、企業はその独占的立場を利用し、雇用の不当な縮小と賃金の不当な値下げを行う事ができてしまう。最低賃金法はこうした状況を改善するのに役立つとしている[14]。
経済学者の鶴光太郎は「一般に完全競争的労働市場では、賃金が上がれば雇用は減るが、企業が労働市場で価格支配力を持つ買い手市場の場合では、賃金水準・雇用量とも競争市場より低く設定されており、賃金を上げてもコスト増加を上回る売り上げの伸びが期待できる余地があるため、企業は雇用を増やす可能性がある。賃金上昇による労働者の意欲向上・訓練機会増により生産性が向上し、雇用が減らないケースも理論的に考えられる」「最低賃金労働者の割合の高い中小企業・産業は相対的に不利になる一方で、高スキル労働者をより多く雇い、低スキル労働者も最低賃金より高い賃金で雇っている大企業・産業は相対的に有利になり、雇用を増やす可能性もある。また、雇用への影響以外に所得再分配・企業の収益や価格・長期的には人的資本への影響まで考慮する必要がある。雇用への影響がみられない場合でも、労働者の生産性が上がらない限り、労働者の労働時間の減少や企業の収益が悪化が起きる。企業がコスト増を価格に転嫁できれば、消費者が負担することになる」と指摘している[29]。
さらに高い水準の最低賃金はワーキング・プアの問題をなくすという利点がある。高い最低賃金は、労働から得られる収入が失業時に生活保護から得られる額よりも高い事を保証し、結果的に失業者に職探しをさせるインセンティブをもたらすとされている[28]。
カリフォルニア大学アーバイン校のニューマーク教授とFRBのワッシャーは、最低賃金が雇用へ与える影響を調べる上で、
- 賃金引上げの影響は短期ではなく、長期で出てくることが多いこと
- 特定の産業の影響だけでなく、低賃金労働者全体の雇用を分析すること
- 最低賃金の引き上げは、低賃金労働者の中で雇用の代替を発生させる可能性があること
に注意する必要があるとしている[30]。
大竹文雄は「最低賃金が引き上げられた場合、企業側は時間をかけて機械化を進めたり、より質の高い労働者に代替するのが一般的であり、すぐに労働者を解雇するということではない。ある程度時間を経た影響を調べる必要がある。また、狭い範囲の産業だけ分析対象にすると結論を誤る可能性がある」と指摘している[31]。大竹は「最低賃金の引き上げは、雇用量を低下させ、失業期間を長期化させるかもしれないが、安易に低賃金労働に従事する人を減らす可能性がある。また、未熟練の低賃金労働が禁止されることになるため、企業側は技能の高い労働者だけを採用するようになる。技能が低い労働者は失業することになるが、合理的な労働者は、教育・訓練を受けて技能を高めて就職しようとするかもしれない」と指摘している[32]。
山田久は「政策論的には、景気回復持続に向けたマクロ政策と生産性向上誘導策としてのミクロ政策の同時実施が、最低賃金引き上げを望ましい形につなげる条件である」「最低賃金引き上げと同時に、景気回復の持続・生産性向上、就業形態多様化・職業訓練強化など、総合的な政策をパッケージで行うことが必要性であるが、そうした政策によっても所得格差の解消は困難であり、勤労所得控除制度の創設など『所得再配分政策』が必要である」と指摘している[26]。
経済学者の中山惠子は「失業を回避し、セーフティ・ネットとして最低賃金を機能させるためには、政府が労働者に労働生産性の向上につながる教育訓練の機会をもうけ、企業には設備投資などの支援を実施するとともに、労働需要を増加させる政策を進めることが必要となる」と指摘している[18]。
特定最低賃金(産業別最低賃金)については、理論的には労働集約型産業に適用した場合には、労働者の厚生が高まるという理論的な裏づけがあるが、現実の適用業種は、支払能力が高い業種、産業に適用されており、理論的裏づけとは関係していない[誰?]。また、特定最低賃金には、その産業への新規参入への障壁となる効果もあるため、その産業側の利益という意味合いもある[要出典]。
実証
実証的には、最低賃金の雇用の縮小の効果が出るような大幅な最低賃金の上昇をした例がないため、雇用の縮小効果は小さく、好影響・悪影響を判断・確認できるような研究ができていない[28]。
ビル・クリントン政権であった1996年に最低賃金が引き上げられた際に、失業率の上昇はみられず、低所得者層の給料が増加した[33]。
オーストラリアでは、トヨタ、フォード、ホールデンなどの撤退が相次いでおり、2017年には自動車の生産拠点が無くなるなど、製造業全体が先細りして雇用が減少しているが、この原因として、経済成長で最低賃金が上昇し、国際的な競争力を失ったためとの意見がある[34][35]。
代替案
いくらかの経済学者は最低賃金に代わる制度を提案している。大竹文雄は「賃金規制という強硬手段で失業という歪みをもたらすのではなく、税・社会保障を用いた所得再配分政策で貧困問題には対応するべきである」と指摘している[36]。
『法と立法と自由』を著したフリードリヒ・ハイエクのように労働市場への不介入の原則と法の支配による個人の生存権の保護を両立させるために『ベーシックインカム』を主唱する経済学者もいる[37]。
負の所得税[17]
給付付き税額控除[17][19]
ベーシックインカム[17]
各国の法定最低賃金
以下は、各国の法定最低賃金及びその推移である。なお、デフレート等物価変動の調整は行われていない。
ルクセンブルク - 月2,071.10 ユーロ(18歳以上の熟練工等、一部の労働者は、20%加算され 2,485.32 ユーロ)[2019年1月現在][38]
アイルランド - 時給9.80ユーロ(2019年1月現在) ※18歳以上(但し、雇用されて2年以下の場合と研修期間中を除く。)[39]
オランダ - 月1,615.80ユーロ(2019年1月現在)※21歳以上(見習いは除く)[12]
ベルギー - 月1,562.59ユーロ(2017年6月現在)※22歳以上(22歳以上の労働者は勤続6カ月で月1,604.06ユーロ、勤続12カ月で1,622.48ユーロ。22歳以上で勤続24カ月で月1,637.67ユーロ、勤続36カ月で月 1,642.57ユーロ[40][41]
フランス - 月1,521.22ユーロ、時給10.03ユーロ(2019年1月より)[42]
ドイツ - 時給9.19ユーロ(2019年1月~2019年12月)、時給9.35ユーロ(2020年1月より)[43]
オーストラリア - 週719.2、時給18.93豪ドル(2018年7月-2019年6月)※21歳以上(見習いや研修生は除く)[44][45]
ニュージーランド - 時給16.50NZドル(2018年4月現在)※16歳以上。但し研修期間中を除く。[46]
中華人民共和国の場合は地域により、最低賃金が異なる。(最高:上海[月額2,420元]~最低:遼寧省4類[月額1,120元][47])(2018年12月現在)[48]
北京市 - 月2,120元 (2018年9月現在)[但しパートの時給は24元][49][50]
上海市 - 月2,420元 (2018年4月現在)[但しパートの時給は21元][51]
広州市 - 月2,100元 (2018年7月現在)[52][53]
香港- 時給34.5香港ドル (2017年5月~2019年4月)[54][55][56][57]、時給37.5香港ドル(2019年5月より) [58][59]また、外国人家政婦の場合は、月給4,520香港ドル(但し最低月給とは別に、食費手当も1,075香港ドル支給する義務がある。)(2018年9月28日現在)[60][61]
大韓民国 - 時給8,350ウォン(2019年1月1日-12月31日)[62][63][64]
朝鮮民主主義人民共和国 - アメリカ国務省の2017年国別人権報告書[65]によれば、最低賃金制度はない。但し、開城工業地区では定められていた。
- 開城工業地区(北朝鮮従業員) - 月73.87ドル(2015年8月時点)[66]※2016年の北朝鮮によるミサイル発射実験により運用停止される前であることに留意する。(現在は韓国との協議を経ず、無断で北朝鮮により運用再開される。)
中華民国 - 時給150ニュー台湾ドル、月23,100ニュー台湾ドル(2019年1月1日より)[67][68][69]
インドの場合は、複雑な最低賃金システムを用いており、2014年末時点で、中央政府は45職種、州政府は延べ1,822職種について最低賃金を定め、随時改定している。[70]- 全国最低賃金水準(National Floor Level Minimum Wage) - 日額176ルピー (2017年6月現在)[70]
- 中央政府(未熟練農業労働者) - A地区:日額355ルピー B地区:日額324ルピー C地区:日額321ルピー(2018年10月~2019年3月))[71]
デリー(未熟練労働者) - 月収10,374ルピー(日額399ルピー)(2018年10月~2019年5月)[71][72]
ウッタル・プラデーシュ州(未熟練労働者) - 月収7,675.45ルピー(2018年10月~2019年3月)[73]
マハーラーシュトラ州 (店舗、商業施設、劇場等において雇用される未熟練労働者) - A地区:月収9559.2ルピー(日額367.66ルピー)、 B地区:月収9244.2ルピー(日額355.55ルピー)、B地区:月収8929.2ルピー(日額343.43ルピー)(2019年1月~2019年6月)[74]
ビハール州(未熟練労働者) - 日額257ルピー(但し、線香製造業・清掃作業員・船員は、日額246ルピー。また一部の職種については、出来高給の場合も含めて、別に定められている。)(2018年10月~2019年3月)[71]
チャッティースガル州(未熟練労働者) - A地区:日額333.08ルピー B地区:日額323.08ルピー C地区:日額313.08ルピー(但し、農業は、地区問わず日額237.33ルピー)(2018年10月~2019年3月)[75]
ナガランド州 (未熟練労働者)- 日額115ルピー(但し、荷物の積み込みと積み下ろし作業は重量による出来高制であり、トラックの積み込みは、木材の大きさによる。)(2012年6月現在)[71]
ハリヤーナー州 (未熟練労働者)- 月収8827.40ルピー(日額339.51ルピー)(2019年1月現在)[76]
- 全国最低賃金水準(National Floor Level Minimum Wage) - 日額176ルピー (2017年6月現在)[70]
バンコク - 月9,750バーツ(2018年4月現在)[77]
ホーチミン - 月4,180,000ドン(2019年1月現在)[但し、職業訓練を受けた労働者に対してはこの最低賃金より少なくとも7%上乗せした給与][78][79][80]
マニラ - 月13,425ペソ(2018年11月現在)[81][82][83]
ジャカルタ - 月3,940,973ルピア(2019年1月現在)[84]
ミャンマー - 月144,000チャット(2018年5月現在)[85][86]
EUでも加盟国間における最低水準の格差が指摘されている。
- EU加盟国間の法定最低賃金格差
GDPの場合
2006年1月時点:約11倍(最高: ルクセンブルク[月額1,503ユーロ] 最低: ラトビア[月額129ユーロ])[87]
2009年1月時点:約13倍(最高: ルクセンブルク[月額1,642ユーロ] 最低: ブルガリア[月額123ユーロ])[88]
2019年2月時点:約7倍(最高: ルクセンブルク[月額2,071.10ユーロ] 最低: ブルガリア[月額286.33ユーロ])[89]
購買力平価で換算した場合
2006年1月時点:約6倍(最高: ルクセンブルク[月額1,417ユーロ] 最低: ラトビア[月額240ユーロ])[87]
2009年1月時点:約6倍(最高: ルクセンブルク[月額1,413ユーロ] 最低: ブルガリア[月額240ユーロ])[88]
2018年1月時点:約3倍(最高: ルクセンブルク[月給1,621.37ユーロ] 最低: ブルガリア[月給544.77ユーロ])[90]
OECD加盟国間内の実質最低賃金格差(ドル換算)[91]
GDPの場合
2000年:約25倍(最高: オーストラリア[年給24,511.4ドル] 最低: メキシコ[年給992.1ドル])
2010年:約26倍(最高: オーストラリア[年給25,673.9ドル] 最低: メキシコ[年給997.5ドル])
2017年:約25倍(最高: オーストラリア[年給27,252.6ドル] 最低: メキシコ[年給1,099.5ドル])
購買力平価で換算した場合
2000年:約12倍(最高: オランダ[年給21,668.8ドル] 最低: メキシコ[年給1,788.4ドル])
2010年:約13倍(最高: オランダ[年給22,764.9ドル] 最低: メキシコ[年給1,798.1ドル])
2017年:約12倍(最高: ルクセンブルク[年給23,777.0ドル] 最低: メキシコ[年給1,982.0ドル])
※EUとOECDの加盟国間格差の最低賃金の最高額の国が異なるが、これはEUはEU統計局の統計の原データから、OECDはOECDの統計をそれぞれ異なる機関から引用しているためである。
フルタイム労働者賃金に対する法定最低賃金の比率(OECD)[92]
中央賃金の場合(2017年時点) 最高: チリ(0.71)(月給288,000チリ・ペソ[2018年9月現在][93])最低: アメリカ合衆国(0.34)
平均賃金の場合(2017年時点) 最高: ニュージーランド(0.52)最低: アメリカ合衆国(0.24)
一人当たりGDPに対する法定最低賃金の比率(地下経済並びに失業率の調整あり)[94]
最高: 中央アフリカ共和国(2.511)(平均最低月給28,000CFAフラン 公務員月給:26,000CFAフラン 農業労働者月給:8,500CFAフラン[2017年時点][65])
最低: ブルンジ(0.003)(ブジュンブラ[未熟練労働者]:非公式最低日給3,000ブルンジフラン 農村部:非公式最低日給2,000ブルンジフラン+昼食[2017年時点][65])
※最貧国の一部ではGDPが比較的低いため、最低賃金の比率が高くなることがあることに留意する。また、最低賃金制度や団体交渉に基づく産業別労働協約などで規定された最低賃金が導入されなかったり、特定分野にしか適用されていないため、比率が0となっている国(カンボジア、シンガポール、トンガ等)は除く。
アメリカ
アメリカ合衆国の最低賃金は、公正労働基準法(en:Fair Labor Standards Act, 1938年)によって連邦最低賃金が定められている。この他に、各州が定めている最低賃金もある。州の最低賃金が連邦最低賃金よりも高い場合には、州の最低賃金が適用される。
2018年現在、アメリカ合衆国の連邦最低賃金は7ドル25セントである[95]。また、アメリカ合衆国にはチップという習慣があり、これが賃金とみなされるため、サービス業で一定額以上(月30ドル以上)のチップを受ける労働者の場合、チップの額と賃金の合計が時給 7.25ドル以上かつ賃金としては時給2.13ドル以上を支払わなければならない[96][97][95]。
歴史的経緯
[8][98]
州の最低賃金法が制定される前の当時は、最下層、特に女子労働者が窮迫した生活状態にあり、これが世論を刺激し社会運動がおこったことによって州別最低賃金の議論が盛んになった。1910年代に幾つかの州で最低賃金法が制定されて、最低賃金制度が発足した。しかし、連邦最高裁で最低賃金法の違憲判決が出され、最低賃金制度が壊滅状態に至った。その後、世界大不況の渦中に連邦最低賃金制度が創設されて,、それが合憲とされたことから、各州でも最低賃金制度が復活し、今日に至っている。
アメリカにおける最初の最低賃金法は1912年にマサチューセッツ州において、女性および若年者を対象として制定された。製造業者などからの強い反対を受け、決められた最低賃金を守らない場合は遡及支払いを強制せず、ペナルティは当該業者名を新聞に公表するというもので、強制力の弱い内容であった。以後、1923年までに13州で最低賃金法が制定された。最低賃金法制定の推進者は全国消費者連盟 (National Consumers' League) および労働組合であった。いずれの州でも、最低賃金制度の対象は女性および若年者であり、当時、女性や若年者が低賃金で生活困難な状況にあったことを反映している。最低賃金法制定の当初から、最低賃金法は憲法違反であるとの訴訟が幾度とな提起されたものの、僅差で合憲であるとの判決が続いた。しかし1923年に、連邦最高裁は、ワシントンDCの最低賃金法を憲法違反であるとの判決を5対3で下した。その理由は、雇用における契約の自由に反する、というものであった。その後の数年内に7州で、それぞれの州の最低賃金法が違憲であるとの判断が下された。また幾つかの州では最低賃金法の表現が修正されて存続したが、最低賃金法に違反したケースを事件として取り上げることはなかった。また、これらの州の多くでは最低賃金を改定することを控えた一方、一般賃金水準は上昇を続けたから、最低賃金制度の実質的意義が年々低下していった。
1929年の金融恐慌をきっかけとして労働者の賃金は60%下落したとも言われている。その為、世界大不況の中で、貧困と低賃金の広がりから最低賃金法を求める声が高まってきた。そこでワシントンDC控訴裁判所の判決を乗り越える法案の策定が進められた。そのポイントは、それまでの最低賃金法では生計費を基準として最低賃金を設定することをその内容としていたが、それに労働の公正価値も基準に加えるというものであった(ワシントンDCの控訴裁判所における違憲判決において、「労働から得た便益と公正な関係を有する賃金支払いは理解できることである」という表現があり、この点に依拠したものである。)。この新しいタイプの最低賃金法は1933年にニューヨーク州で成立した後、同年中に他の5州でも成立した。1933年には、深刻な不況の下で全国産業復興法が成立したが、同法には「雇用主は大統領により規定された最低賃金率を守らなければならない」とする内容が盛り込まれた。しかし連邦最高裁が、1935年に全国産業復興法は違憲との判決を下したことから、この部分は削除された。
ニューヨーク州の新タイプの最低賃金法も訴訟の試練に直面し、州の初審では合憲とされたが、州控訴審では違憲とされ、1936年に連邦最高裁でも 5対4で違憲とされた。他方、ワシントン州の最低賃金法をめぐる訴訟では、1936年に州最高裁は合憲と判断し、その後、連邦最高裁に上告された。1936年の選挙で再選されたローズヴェルト大統領は、全国産業復興法や最低賃金法を違憲と判断する連邦最高裁に業を煮やし、最高裁判事を6名増員すると通告をした。その通告の効果があったかどうかは不明であるが、1937年に連邦最高裁はそれまでの判断とは異なってワシントン州の最低賃金法に対して合憲判決を下した(1936年の違憲判決で違憲判断を下したオーウェン・ロバート判事が、合憲判断に変化したことが違憲から合憲に変化した直接的原因である。合憲判決を受けて、ローズヴェルト大統領は、連邦最高裁判事の増員通告を撤回した)。連邦最高裁の合憲判決を受けて、カンザス州、ミネソタ州などでは州司法長官は、州最低賃金法は合憲であると決定し、ニューヨーク州、ウィスコンシン州などでは最低賃金法を制定した。以上の動向が、1938年に最低賃金に関する規定を含む連邦法である公正労働基準法の制定を可能とした。同法では、被用者の健康、能率そして福利を維持する最低賃金水準の達成をその目的としている。同法に対する違憲訴訟が提起されたが、1941年に合憲判断が下されて、連邦最低賃金制度が確立した。連邦最低賃金制度には、それまでの州最低賃金法とは異なる特色がみられた。第1は、最低賃金の適用を女性、若年者に加えて男性も適用対象としたこと、第2は、時給による最低賃金を法律で規定したこと(それまでの、あるいは当時の州最低賃金法では、わが国のように公労使からなる賃金委員会が最低賃金の決定を行い、それを命令として発出するという仕組みが主流であった。また、時給ではなく、日給あるいは週給とするところも少なくなかった。)、第3に、年齢や性による賃金差を設定せずに一律としたことである(当初の法律には、法定最低賃金よりも高い産業別最低賃金 設定する委員会に関する規定も置かれた。しかしその部分は1949年改正で削除された。)。
連邦最低賃金制度の制定を受けて、最低賃金法の存在しなかった州での制定、男性に適用拡大した州 (コネチカット州、ロードアイランド州、ニューヨーク州など)、最低賃金を法定する州 (メーン州、アラスカ州、ハワイ州) など連邦最低賃金制度に沿った内容に変化していった。また、時給で最低賃金の設定を行うとする州が出始めた。その後も州最低賃金制度の改正が進められた。1994年にはボルティモア市 (メリーランド州) で市との間で商取引を有する事業者は、従業員に対して条例で定める生活賃金以上の賃金を支払わなければならない、とする条例が制定された。翌年にはサンタクララ郡 (カリフォルニア州) で制 定されるなど、市や郡などの自治体での生活賃金条例制定の動きはまたたくまに全米に広がった。1962年には、ニューヨーク市で市内全域を適用対象とする市域最低賃金が法制化されたが、裁判所により差し止められた。次いで1964年にはボルティモア市(メリーランド州)で市域最低賃金が法制化され今日に至っている。また、1993年にはワシントン DCで市域最低賃金制度が法制化された他、2003年にはサンフランシスコ市でも制定されるなど、市域最低賃金が広がる動きがみられた。
2012年11月のニューヨークで行われたマクドナルドの店員による一日ストをきっかけ[99]に、Fight for $15(最低時給15ドルへ引き上げる為に闘う)運動がファストファッションやウォルマートに代表される小売店舗をターゲットにした賃上げ要求運動が開始され、アメリカ国内各地で逮捕者(主に交通の妨害)が出るほどのデモ活動[100][101]が展開された。この運動の目的は、連邦最低賃金が7.25ドルにとどまるなか、人間らしい生活ができる最低水準となる貧困ラインを上回る賃金15ドルを獲得すると共にファーストフードの本体企業に雇用主責任を負わせ、労働組合を組織しやすくすることである。運動の中核を担ったのは、サービス従業員労働組合(SEIU)、と地域住民の組織、学生、中小企業事業主、宗教団体、NPOといった草の根の組織だった。そこに、在宅保育労働者や大学の非常勤講師、クリーニング労働者も参加した。また、SEIU同様に、ホテルやレストランの従業員を組織する労働組合UNITE-HEREも支援をしている。とくに、SEIUによる運動に対する支援活動の影響が大きいことを、アメリカ商業会議所や国際フランチャイズ・チェーン協会が批判的に指摘している。両団体によれば、SEIUは2013年に1180万ドル、2014年に1850万ドルの資金をこの運動に投じていた。[102]
経営者団体は、賃上げ要求運動に現役従業員がほとんど参加していないことや労動組合が主導的な立場にあることを批判している。一方で、中小企業事業主団体が最低賃金引き上げを求めるロビー活動を展開するようになるなど、運動を支持する動きは広がりをみせている。その一つが大学の非常勤講師の運動への参加である。非常勤講師は時間あたり賃金で働いている現在の状況から、一年間一コマの講義につき、1万5000ドルの報酬を求めている。大学の非常勤講師はSEIUが組織化を継続しており、2万3000人が団体交渉権を得た。[102]
運動は全米レベルに拡大し、各地域で進んでいる州別最低賃金引き上げの原動力となっている。[102]その影響からか、カリフォルニア州議会により、低失業率による逼迫した労働市場もあり、2022年までに15ドルへ引き上げる(従業員が25人以下の企業は2023年と1年の猶予)ことが合意された。また、カルフォルニア州内のサンフランシスコ市、エマリービル市は7月1日に15ドル(エマリービル市の場合は、従業員が56人以上の場合は時給15ドル60セント、55人以下は15ドルに引き上げられる。)に引き上げられ、バークリー市は10月1日に引き上げる予定である。更に、ロサンゼルス郡とロサンゼルス市では、従業員数26人以上の企業については2020年7月1日までに15ドルへ引き上げる予定である。2018年年初にワシントン州のシアトル市では、従業員500人以上の企業については、15ドル45セント(ただし、医療給付制度に拠出しない場合、拠出する場合は15ドル)に引き上げられている。また、ニューヨーク市は2018年末に15ドル引き上げられる予定である。[103][104][105]企業の方では、低失業率と2017年末に成立した税制改革法によって減税による収益増が背景にあるが、アマゾンが2018年11月1日より、初任給を11~12ドルから15ドルに引き上げた。[106]小売り最大手のウォルマート・ストアーズは、今年1月、米国従業員の初任時給を11ドルに引き上げると発表。これに続き、小売り大手のターゲットも9月に、初任時給を昨年時の11ドルから12ドルに引き上げた。ターゲットは2020年までに、これを15ドルに引き上げる計画である。[107]そのほか、2017年の税制改革を受け、金融大手ウェルファーゴが最低時給を15ドルに引き上げると発表している。[108]
またこの運動に対して、マクドナルド元CEOエド・レンシは、フォックス・ビジネスチャンネルの朝の番組で、最低時給が連邦最低賃金(7.25ドル)の2倍以上の15ドルに上昇すれば、ファーストフード店の経営者としては、より安価なロボットの導入を検討せざるをえないと指摘した。また、ファーストフード店ではスタッフに特別に高い技術を要求しておらず、(経営者が判断する)“合理的”な賃金でスタッフを雇用できないのであれば、経営を安定させる選択肢として機械やロボットを導入せざるをえなくなる。その結果、職の安定を求めていた人々は結果的に、その高くなった賃金のせいで、ロボットに仕事を奪われかねない状況となってしまう。そのような状況を、レンシ氏は“ロボットの反乱”と名付けて発言した。更にロボットが人間の仕事を代替するのは、ファーストフード業界に限った話ではないと指摘し、アメリカ内で最も活発なビジネス形態であるフランチャイズ全体に影響を及ぼすと主張した。そしてレンシ氏はまた、業界がロボット導入を進め始めれば、その流れは徐々に速くなるしかないとしながら、そうなる前に国全体で最低賃金を統一する必要があると提起した。例えば、学生には学生賃金制度、ベテランの労働者には賃金の引き上げなどを含んだ多角的な賃金制度を作るべきだと主張した。[109]
1938年に制定された公正労働基準法の適用対象は、州際通商および州際通商のための商品生産に従事する被用者であった。但し、当初の適用範囲は限定的であり、小売、サー ビス業、漁業、小規模地方電話交換、小規模週刊紙、地方のバス・市街電車、海員、鉄道、トラック、航空、農業、季節的産業が適用除外とされた。その後、適用対象者を拡大する改正が数次にわたり行われ、今日に至っている。
その経緯を記すと、
- 1949年改正:航空産業の被用者を適用対象とした。
- 1961年改正:年間100万ドルを超える売上高の小売企業の被用者を適用対象とした。ただし、当該小売企業の事業所であって年間売上高が25万ドル未満のところは適用除外とした。これにより 小売産業では対象者数が25万人から220万人に増加した。また地域輸送、建設、ガソリン・ステーションを含めた。
- 1966年改正:適用対象とする小売企業の基準である年間売上高100万ドル以上を年間50万ドル以上に、さらに1969年には年間25万ドル以上に引き下げた。1966年の改正では、公立学校、老人ホーム、クリーニング、建設業の被用者も適用対象とした。また農場に関して、雇用規模が四半期ベースでみてピーク期に500人日以上となる農場を対象とした。
- 1974年改正:連邦政府、州政府、市町村等自治体の非管理監督職の公務員および多くの家事使用人を適用対象に含めた。その後、1976年に連邦最高裁が州政府、市町村等自治体の公務員を公正労働基準法の適用対象とすることは違憲であるとの判断を下したことにより、対象からは外された。
- 1981年改正:売上高基準を25万ドルから36.25万ドルと引き上げた。これは物価上昇を反映するためである。
- 1989年改正:小売事業および非小売事業の双方に、共通の売上高基準を適用することとし、基準額は50万ドルと定められた。
- 1997年改正:20歳未満の新規雇用者に対して採用から90日間に適用される、準最低賃金(4.25ドル)が設定された。
決定方式
[8][110][111]
連邦最低賃金は公正労働基準法の改正、州別最低賃金は州法の改正、市や郡の最低賃金は条例の改正もしくは設立による。
連邦最低賃金に関する公正労働基準法の改正は、連邦下院、上院の両議会で過半数を獲得し、大統領の署名によって発効する。その為、連邦最低賃金の水準をどのように設定するか、またいつ改定するかについて明確な基準は存在しない。
何故なら、最低賃金とは所詮は賃金構造の下限設定にすぎず、その直接的な影響は小さい。それは経済的ステートメントというより政治的ステートメントであって、いいかえれば、競争市場のもたらす低賃金に対して国家のリーダーがどのような価値観と態度をもっているかを示すステートメントに他ならないからである。州別の最低賃金ではインフレなどを調査した結果が最低賃金改定に反映されるという州もあるが、連邦レベルではそのような改定をおこなわれてはいない。また、引上げの算定基準が明確にあるわけではない。そのため、引上げ金額の水準は経済的な合理性の視点よりも、政治的な駆け引きによって決められる公算が大きい。
例えば、1938年の最賃制度創設当初は1時間当たり25セントに設定されたが、この際には以下のような経緯があったとされる。最初の原案では時間当たり 40 セントという水準が示されたが、議会での審議の過程で経過的に段階をつけて最低賃金が決められることとなった。創設当初の水準を25セントとし、次の6年間は30セント、満7年を経過した後に40セントとすることになった。なお、40セントという水準は別にはっきりした根拠があって決められたものではないとする。当時の時間当たり平均賃金が 62.4 セントであったので、だいたい3分の2の水準であった。
直近の改定については、民主党のクリントン政権下 (1993年1月~2001年1月) において、それまでの4.25ドルから1996年4.75ドル、1997年に5.15ドルと引き上げて後、共和党のブッシュ政権下では改定の動きは停止した。民主党議員が度重なり最低賃金の改定法案を議会に提出したが改定は実現しなかった。ブッシュ政権下の2007年に改定が実現したのは、2006年の秋の中間選挙で被用者や労働組合を支持基盤とする民主党が躍進し、上下両院とも過半数を制したことが大きく影響している。そして、2007年の引き上げと2008年と2009年に予定されている引き上げは、「2007年米軍整備、退役軍人支援、カトリーナ復興支援、イラク責任予算法」の8102条において、1938年公正労働基準法の規定を改訂する形で行われた。なお、企業寄りの議員から、最低賃金引き上げによる負担が懸念される中小企業の支援策を伴うものにすべきという見解が寄せられ、中小企業を対象とした減税策を抱き合わせにした法案に修正された上で審議されることとなった経緯もある。また、引き上げ手続きに関する連邦労働省の関与はほとんどない[112]。
州法は州下院、上院で過半数の獲得ののち州知事の署名、市や郡も議会で過半数を獲得したのちに首長の署名によって発効する。州法による最低賃金の引き上げは、住民投票によって行われることもある。例として、カリフォルニア州では州議会の採決で決定しており、ワシントン州シータック市では住民投票で決定した。このほか、フロリダ州では米労働省が公表した都市被用者消費者物価指数に基づき9月までの1年間の上昇率を算出し、上昇率に応じて翌年1月から改定するとしている。また、州最低賃金を消費者物価の動きに応じて改定する州は10州ある。
減額・適用除外
アメリカでは、以下の場合において最低賃金が適用されない[2][96]。
- 管理職、専門職など
- 責任が重く、元々の給与が高いため
- 但し以下の条件がある。
「管理的エグゼンプション」、「運営職エグゼンプション」、「専門職エグゼンプション」、「コンピュータ・技術者エグゼンプション」及び「外商エグゼンプション」の5類型がある。
- 共通する主たる要件
① ブルーカラー労働者でないこと。
② 「俸給基準」により週当たり455ドル以上の賃金 支払がなされていること(ただし、これは外商エグゼンプションの要件とはなっていない。)。俸給基準とは、実際に労働した日数や時間にかかわらず、あらかじめ定められた金額を支払うことをいう。コンピュータ・技術者エグゼンプションで時給契約の場合は、時給27.63ドル以上の賃金が支払われていることである。
- 管理職エグゼンプション(Executive Exemption)
次の3つの要件を満たすこと。なお、年間賃金総額 10万ドル以上の者は、①~③の要件のいずれかを満 たせば足りる。
① 主たる職務が、当該被用者が雇用されている企業又は慣習的に認識された部署又はその下位部門の管理であること
② 習慣的かつ定期的(customarily and regularly)に、2人以上のフルタイム被用者相当の労働を指揮管理していること
③ 被用者を採用若しくは解雇する権限を有する、又は他の被用者の採用若しくは解雇、及び昇級、昇進その他処遇上のあらゆる変更に関して、その者の提案及び勧告に対し特別な比重が与えられていること
- 運営職エグゼンプション(Administrative Exemptions)
次の2つの要件を満たすこと。なお、年間賃金総額 10万ドル以上の者は、①又は②の要件のいずれかを満たせば足りる。
① 主たる職務が、使用者や顧客の管理・事業運営 全般に直接関わる、オフィス業務又は非肉体的労働であること
② 主たる職務が重要な事項に関する自由裁量及び 独立した判断の行使を含むものであること
- 専門職エグゼンプション(Professional Exemption)
学識専門職エグゼンプション(法律、薬学、神学、会計、工学、物理学、化学、生物学等の専門的な教育を受ける必要があると見なされる職種に適用)、創造業務エグゼンプション(知的創造が必要であると見なされる職種に適用)がある。
- コンピュータ・技術者エグゼンプション(Computer Employee Exemption)
コンピュータ・システムアナリスト、プログラマー、ソフトウェア・エンジニア等のコンピュータ 関係の高度技能労働者。
外商エグゼンプション(Outside Sales Exemption)
主な仕事が販売などの営業であり、習慣的(customarily)かつ定期的(regularly)に事業所の所在地とは離れた場所で従事している者。
- 小規模の新聞社や農業従事者など
- コストの問題で、最低賃金を導入するのが厳しいため
新聞配達員
- 主に子供が従事する仕事であり、最低賃金を適用してしまうと費用が高くなり子供が雇われなくなるため
- 20歳未満の者
- 雇用促進の観点から、就業後90日間は最低賃金が減額され時給4.25ドルとなる。ただし、他の労働者に置き換える形で20歳未満の労働者を採用した場合にはこの特例は適用されない。
また、障害者(障害により稼得能力が低下している場合に限る)を雇い入れる場合、フルタイムの学生を雇い入れる場合、職業訓練を行う高校生を受け入れる場合には、労働省賃金時間部(Wage and Hour Division)から認可を 得て通常と異なる最低賃金の適用を受けることができる。
履行保証
[110][113]
最低賃金が、連邦、州、市・郡という 3つのレベルで存在しているため、履行確保もそれぞれのレベルで行っている。連邦最低賃金については公正労働基準法(FLSA)が、州別最低賃金がある州は州法が、市・郡の最低賃金がある場合は市・郡の条例がある。これらの法令に基づき、連邦政府、州政府、市・郡がそれぞれ最低賃金制度履行のための調査官をおいている。なお、連邦政府は連邦最低賃金制度のみ、州政府、市・郡はそれぞれの管轄の最低賃金制度をそれぞれ対象とする。公正労働基準法(FLSA)は、最低賃金制度の履行確保における連邦労働省の担当部局、及び監督業務を行う調査監督官の設置と役割について規定している。
連邦労働省は、最低賃金制度について履行を監督する部局として「賃金・労働時間局(Wage and Hour Division)」を設置し(FLSA 4 条(a))、賃金・時間局・局長(Administrator, Wage and Hour Division)に賃金、労働時間その他の労働条件に関するデータ収集及び事業所の調査、臨検の権限を与えている(FLSA 11条(a))。また、調査、臨検の担当者として調査官を設置することを規定している(FLSA11条)。
賃金・労働時間局は全米各地、200箇所に事務所があり、2015年現在で調査官の人数は995人となっている。なお、労働長官は、FLSAに関連した業務について、議会への年次報告書を提出する義務を負っている(FLSA 4 条(d))。
調査官は、
- まず公正労働基準法の対象となるかを調査する。
- 対象となる場合には、給料支払い状況、労働時間の調査や、労働者との面談を行う。面談の際に話したことなどを理由とした差別や解雇は禁止されている。
- 調査によって違反が認められる場合には、是正措置(未払い賃金の支払いなど)を取る。
を行う。
まず、違反の把握手法として、もっとも一般的なものが受動的(Reactive)な方法としての、電話、Eメール、手紙等による苦情受付である。外国人労働者の多いアメリカでは、苦情受付における多言語対応が必要になる。現在、16カ国語での対応が可能である。また、電話で受け付けた苦情は、対応から2分以内に多言語が対応できるシステムを確立している。
後述する「戦略的執行」へ移行する観点から、連邦労働省が主導して問題を把握する方向へと移行したいと考えており、理想的には半々になることを目指しているが、実際は苦情処理受付によるものが55%、連邦労働省主導が45%にとどまっている。もっとも大きな理由は、連邦議会との関係によるところが大きい。なぜならば、もし苦情処理に十分に対応できなければ、労働者の不満の声が連邦議員に集められ、連邦議会でとりあげられる可能性があるからである。したがって、どうしても苦情処理による問題の把握をないがしろにするわけにはいかない。
そして、もう1つの方法が、「戦略的執行(Strategic Enforcement)」である。2014年のヴァイル賃金・時間局長の就任後に導入された手法である。この手法は、最低賃金違反が多い産業、地域を調査により、特定することから始まる。
その産業は、次の通り。
飲食 Eating and Drinking, Limited Service(Fast Food), Full Service
ホテル Hotel / Motel
住宅建築 Residential construction
清掃 Janitorial services
引越し業 Moving companies, logistics providers- 農業製品 Agricultural products, multiple sectors
造園業 Landscaping, horticultural services
ヘルスケア Health care services
在宅介護 Home health care services
食料品店 Grocery stores, retail trade
小売 Retail trade, mass merchants, department stores, specialty stores
これら、最低賃金違反が多い産業のうち、とくに、違反件数の90%から95%を占める産業を最優先にして取り締まりに当たる。現在は飲食産業がそれに当たる。こののちに、次の四つの段階を経て進んでいく。
- 産業構造を把握し、企業間の元請け下請け関係のマッピング、調査手順の考慮、雇用責任の範囲の確認、他産業との関係に拡大
- 産業特性、地域特性に基づく抑止力の行使
- 苦情処理に基づく調査から戦略的資源に基づく調査への転換
- 継続的な調査
こうした手順をとる背景に、元請け下請けという重層的な関係が広がっていることがあげられる。構造的に産業をとらえることで、下請け企業の調査だけで問題を解決せずに、産業全体の問題とする目的があるという。関連する企業すべてに聞き取りを実施することで下請けだけではなく元請け企業の責任を追及している。
元請け企業が不正を認めないこともよくある。その場合は、事実関係を明らかにするプレスリリースを連邦労働省が出すと伝えることで圧力をかける手法を用いている。
「戦略的執行」に当たっては、調査官の増員も行われており、2008年の731人から2015年の995人へとおよそ250人増えている。
抑止力の行使においては、2014年以降、労働長官による損害賠償請求を多用するようになっている。使用者によっては、一つの州から別の州へと移動することで責任を回避しようと試みる(州際異動)ことがあるが、その場合は現物差し押さえによって対処している。
「戦略的執行」を実施したことによる成果は、未払い賃金の回収額が大幅に増えていることにみることができる。2009年以降で160億ドルの未払い賃金を回収しており、2015年度だけでも2億4,600万ドル、24万人分を回収した。その大半が低賃金労働者である。労働者1人当たりの回収額も増えており、2009年の785ドルが、2015年の1,000ドルとなっている。
連邦労働省だけでなく、内国歳入庁(IRS)も最低賃金違反に関する取締りを行う。その理由は、企業に課せられる社会保障税や失業保険税が事業所における総額人権費に対して課せられるためである。最低賃金違反があった場合、総額人件費が見かけ上、実際よりも圧縮されており、社会保障税や失業保険税への支払いが行われない。したがって、内国歳入庁は、納税の観点から最低賃金違反の取締りを行う。このために、賃金・時間局と内国歳入庁は連携して取り締まることがある。
州政府、市・郡は賃金・労働時間に関する担当部局をもち、調査官がその部局にいる場合 もあれば、外局(Agency)に調査官がいる場合もあり、まちまちである。
FLSAは、最低賃金制度の履行確保のために、違反者に対する措置を定めている。最低賃金、時間外割増賃金違反を禁ずる(FLSA15条(a)(2) )とともに、最低賃金違反を行った使用者には罰金、懲役刑、事業停止などの措置がとられ(FLSA第15条)。罰金の場合は1万ドル以下、禁固刑の場合は6カ月以下となる( FLSA16条(a))。
違反を行った使用者に対する措置は、行政手続き、民事訴訟、刑事訴追の3つがある。使用者が明らかに故意に違反を行ったと判断された場合には刑事訴追となり、罰金と禁固刑の双方が課せられるが、通常は行政手続き、民事訴訟の順に進む。行政手続きは民事訴訟の代替として行われるもので、違反を行った使用者に未払い賃金、損害賠償、民事制裁金の支払いの3つが課せられる。なお、民事制裁金は児童労働や故意の違反を繰り返した場合に課せられることになる。行政手続きでは、使用者が支払いに応じたところで決着となる。民事訴訟は、被用者と連邦労働省の双方が訴えることができる。その内容は、被用者であれば、未払い賃金と損害賠償、及び裁判費用の支払い、連邦労働省の場合はそれに加えて民事制裁金が加わる。被用者が訴える場合は、連邦労働省は民事制裁金の部分だけの訴訟となる。連邦労働省がすべての内容を訴える場合は被用者による訴訟は行われない。
最低賃金違反は、一般的には被害を受けた被用者からの訴えに基づき、調査監督官が被用者の賃金や労働時間など、雇用条件に関する記録を調べるところからはじまる。FLSAは、その記録の作成を使用者に義務付けている (FLSA11条(c))。この記録を故意につけていない、もしくは保存していない使用者には刑事罰が課される( FLSA15同条(a)(5)、16条(a) )。
記録がない場合は、調査監督官が使用者と関係するすべての被用者に対するインタビューを行い、記録の復元を試みる。この結果、違反が認められた場合、未払い賃金の回収が行われる。その方法は損害賠償請求として、被用者によるもの( FLSA16条(b))と労働長官が行うもの(FLSA16条(c))の2つ がある。被用者は単独以外にも、集団訴訟(Class Action)を行うことができる。未払い賃金には、同額の付加賠償金が課せられる。
最低賃金以下及び時給15ドル以下の労働者に関するデータ
連邦最低賃金以下の賃金を支給されている労働者は、2017年で16歳以上の全時給労働者の約2.3%(約182.4万人)であり、その内の約7割(約128.2万人)が最低賃金未満である。労働者はフルタイム時給労働者は約1.1%(約64.0万人)、パートタイム時給労働者は約5.9%(約118.1万人)となっている。[114]
男女別では、男性は約1.7%(約67.8万人)、女性は約2.8%(約114.6万人)である。年齢別では、一番高い年齢層が16~19歳で約8.3%(約38.8万人)である。人種別では白人は約2.2%(約137.5万人)、黒人は約2.5%(約30.1万人)、アジア系は約1.7%(約7.0万人)、ヒスパニックは約1.8%(約10.1万人)である。[114]
学歴別では、一番高いのが高校在学中が約5.8%(約32.5万人)であり、一番低いのが修士卒の約0.8%(約2.5万人)である。[114]
婚姻の有無では、未婚は約3.9%(約224.7万人)、既婚は約1.1%(約38.7万人)、寡婦、離婚及び別居は約1.5%(約18.9万人)であり、16~24歳の未婚女性が約7.2%(約51.7万人)が一番高く、逆に低いのが16~24歳の離婚及び別居の約0.3%(約400人)、25歳以上の既婚男性の約0.6%(約10.9万人)である。[114]
職業別では、高い順に、飲食業の約13.5%(約97.1万人)が突出して高く、次いでケアとサービスの約3.6%(約11.9万人)、販売・営業の約2.5%(約19.9万人)である。逆に低いのは、建設・採掘の約0.2%(約1.1万人)、天然資源、建設及び保守の約0.3%(約3.1万人)、設置・保守・修理の約0.3%(約1.1万人)である。産業別で一番高いのがホテル及びレジャー産業の約11.0%(約110.5万人)と突出して高いが、逆に一番低いのは建設業の約0.3%(約1.4万人)である。[114]
州別では、高い順にケンタッキー州(約4.4%[約5.2万人])、ミシシッピ州(約4.1%[約2.9万人])、テネシー州(約4.1%[約6.9万人])である。逆に低い順では、カルフォルニア州(約0.5%[約5.2万人])、モンタナ州(約0.8%[約0.2万人])、ワシントン州(約0.8%[約1.4万人])である。但し、多くの州では、連邦最低賃金を上回る州が定めた最低賃金がある点に留意する必要がある。また、高い順の方にあるミシシッピ州とテネシー州は、州最低賃金を定めておらず、ケンタッキー州は、州最低賃金が連邦最低賃金(7.25ドル。但し、州内西部都市のルイビルの最低賃金は9.0ドル[2017年7月現在])と同じである。
また、2015年時点での時給15ドル以下は全労働者の約43.7%(約5830万人)であり、その内の約71.5%(約4170万人)が時給12ドル以下(連邦政府が提示する4人世帯の貧困ラインをわずかに上回る時給額)である。[115]また、人種別では、白人(15ドル以下:38.3% 12ドル以下:26.7%)、ヒスパニック(15ドル以下:60.0% 12ドル以下:45.0%) 黒人(15ドル以下:53.0% 12ドル以下:38.2%) アジア人(15ドル以下:36.4% 12ドル以下:26.3%)である。また州別では一番高い州はアイダホ州(15ドル以下:62.6% 12ドル以下:47.7%)であり、一番低い州はマサチューセッツ州(15ドル以下:32.4% 12ドル以下:22.0%)である。[116]
経済学者による最低賃金引き上げ論
2006年の段階で、アメリカではジョセフ・E・スティグリッツ、ポール・クルーグマン、ローレンス・クライン、クライブ・グレンジャー、ケネス・アロー、ロバート・ソローなど幾多のノーベル経済学賞受賞者らによる最低賃金引き上げの重要性が論じられている[117]。最低賃金を緩やかに引き上げることで低所得労働者層の福利を増進させることができ、労働市場、さらには経済全体にも好影響を与えるとしている。
2012年にはスティグリッツをはじめ、ローラ・タイソン、ロバート・ライシュさらにはジェフリー・サックスなども協同し、アメリカ合衆国議会へ2014年までに、現行の時給7.25ドルから9.80ドルへの最低賃金引き上げを求める手紙を送っている[118]。
2013年、米国大統領であるバラック・オバマが最低賃金を時給9ドルに引き上げる政策を提示しており、クルーグマンはこの政策が以下の理由により低所得者の給与水準を改善するとして、これを歓迎している[119]。
- ここ40年間のインフレの影響で、2013年2月現在の実質的な最低賃金はいかなる合理的水準よりもはるかに低い。従ってオバマが提案している程度の最低賃金の引き上げであれば、伝統的な経済学が予想する最低賃金の悪影響は顕在化しない[119]。
- 同様に米国経済の過去の実証研究も、最低賃金の多少の上昇が悪影響を顕在化させない証拠を数多くあげる事ができる[119]。
- 労働者という財は通常の財と比べてはるかに複雑である事が原因で最低賃金の多少の上昇は労働需要を減らさない[119]。
- 最低賃金の上昇は低賃金労働者を対象とした他の制度、特に勤労所得税額控除に影響を与える。この控除の利益の一部は低賃金労働者ではなく経営者に還元されてしまうが、最低賃金の上昇はその利益を低賃金労働者にある程度戻す[119]。
2014年1月、ジョセフ・スティグリッツやピーター・ダイアモンドを中心に、ロバート・ソロー、ケネス・アロー、マイケル・スペンス、エリック・マスキン、トーマス・シェリング、アラン・ブラインダー、ロバート・ライシュ、ローレンス・サマーズ、ローラ・タイソンなど総勢75名の米国の主要な経済学者が[120][121]、米国の最低賃金を時給10.10ドルにまで引き上げるために米国の民主党が提示した最低賃金引き上げ法案を支持した。彼らは米国大統領と議会へ手紙を書き[121]、2016年までに最低賃金を10.10ドルにするよう請願した。最近[いつ?]の研究が示すように、最低賃金の上昇は低所得者の可処分所得を増加させ、消費が高まることで経済に好影響をあたえることがわかっている[121]。その最低賃金引き上げ法案はthe Fair Minimum Wage Actと呼ばれ、米国議会においてトム・ハーキンらによって提出された。その法案が可決されれば、最低賃金水準で生活する労働者の年収は2014年時の1万5千ドルから2万1千ドルへと上昇し[120]、貧困層の3世帯に1世帯が貧困から脱することができると見積られている。
最近の調査では[いつ?]、米国の主要な経済学者の約半数が、最低賃金を物価上昇とリンクさせて引き上げることによる経済的ベネフィットは最低賃金引き上げによる経済的コストを上回ると考えている。最低賃金の上昇は労働者の離職・転職率を減少させ、会社の労働生産性を向上させるとしている[誰?]。この労働生産性の上昇は、最低賃金引き上げによるビジネスコストの上昇を埋め合わせるとしている[誰?]。
明日山陽子は論文「米国最低賃金引き上げをめぐる論争」で「最低賃金の引き上げは、雇用への影響を中立的にしても貧困対策とならない」と指摘している[122]。また明日山は、労働需要の増加があれば、最低賃金引き上げがもたらす失業は減少するとしている[122]。
経済学者のジョセフ・サビアは、最低賃金引き上げはオバマ大統領が考えているような貧困撲滅にはならないと指摘している[123]。サビアは、最低賃金引き上げは高失業率の時期には特に未熟練労働者の雇用に大きな打撃を与えるとしており、「最低賃金引き上げに最適な時期などないが、経済的に不透明な時期や景気後退時は最悪である」と述べている[123]。
エイドリアナ・クルーガーは「非常に慎重な調査で通常、就業率に特に影響は出ていないことが明らかにされている」と指摘している[123]。クルーガーは、最低賃金の引き上げは先送りされすぎていると指摘しており、「10.10ドルへの最低賃金の引き上げによって200万人が貧困から抜け出せる」とし、「最低賃金の停滞は賃金分配の最下部で不平等の拡大を招いている」と指摘している[123]。
アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル誌が2014年2月に48人のエコノミストを対象に行った調査では、54%が最低賃金引き上げは、雇用主の採用意欲を減退させ景気を損なうため実施すべきでないと回答しており、28%が最低賃金引き上げは景気に貢献すると回答、18%が特に有意な影響はないと回答している[123]。
デイヴィッド・カードとその研究グループの1994年の論文では、アメリカの2州のファースト・フード店における最低賃金の引き上げと雇用実態を分析し、通説とは逆に、最低賃金の引き上げが、むしろ雇用量を増やす効果をもたらしているとしている[19]。最低賃金の引き上げが雇用量の減少をもたらすという事実は観察されないとしている[19]。一方で、カードらの研究に対する有力な反論も出現している[19]。
経済学者のディヴィッド・ニューマーク、ウィリアム・ワッシャーニューマークは、アメリカを中心とした膨大な実証研究を調べた上で、最低賃金は未熟練の雇用を減少させ、最低賃金の変化に直接影響を受ける人々に限れば、そのマイナス効果は明確だと指摘し、雇用への正の効果を示す論文は限られており、数の面では負の影響を示す研究が圧倒的で、最も納得できる実証に限ればその傾向はより鮮明だとしている[29]。彼らの約100本におよぶ最低賃金に関する研究の調査の結果、3分の2ほどの論文は最低賃金が雇用に対して負の効果をもつと示唆していた一方で、100本中10本ほどの論文は最低賃金が雇用に対して正の効果を持つことを示していた[16]。彼らは、信頼のおける分析だと判断した33の論文の内、28本が負の効果を示唆したものであることから、最低賃金の引き上げは雇用に対して悪影響をもつと結論づけている[16]。
エコノミストのジェフリー・トンプソンは2009年の論文で、10代の雇用を対象にアメリカの最低賃金の影響を分析し、アメリカ全体でみれば影響は小さく明確ではない一方で、最低賃金の影響が強い郡では雇用への負の効果がかなり大きいとしている[29]。
アランドラジット・デューブ、ウイリアム・レスター、マイケル・ライシュの2010年の論文では、アメリカの州の境界に隣接する郡を比較すると負の雇用効果はないことを示している[29]。
アメリカのシンクタンク「経済政策研究センター」(CEPR)は、最低賃金を上げれば、ファストフードの食品加工・レジ係・小売店の販売員などの職種の離職率が下がり、組織の効率性が上がるなど、好循環が生じることで、雇用にはほとんど影響を及ぼさないと結論づけている[124]。
リベラル系シンクタンク、経済政策研究所(Economic Policy Institute)の「2016年アメリカ賃金状況(The State of American Wage:2016)」によれば、下位10%の労働者の賃金上昇率が、最低賃金の引き上げを行った州が引き上げを行わなかった州と比べて大幅な改善がみられた。最低賃金の引き上げを行わなかった州では対前年比2.5%の上昇にとどまったのに対して、最低賃金の引き上げを行った州では倍以上の5.2%(女性の場合は6.3%)の上昇だった。[125][126]
日本
この節は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。 |
歴史的経緯
[127][128][129]
日本では、1947年(昭和22年)に労働基準法において制定され、労働大臣又は都道府県労働基準局が必要に応じて、最低賃金審議会の答申又は建議に基づいて、最低賃金を定める方式であった。この方式は、行政官庁が必要と認めた場合のみ決定されるものであり、更に制度実施が戦後の混乱期であったため、実際には、ほとんど機能しなかった。このような最低賃金制であるため批判も多く、本当の意味での最低賃金制の実現が労働側から強く求められた。そのため、1959年(昭和34年)に、内閣総理大臣岸信介が成立させた最低賃金法(昭和34年4月15日法律137号)によって、最低賃金制度が導入された[130]。
ただし、それ以前にも最低賃金らしきものは存在した。それは1956年に静岡県労働基準局長の指導のもとに静岡缶詰協会の会員事業所が缶詰調理工の初任給協定を締結したことから始まった。これは事業者団体による自主的な最低賃金に関する協定であり、何ら法的な拘束力をもっていない。また労働組合がその決定に参加していないから、ドイツやイタリアなどの労働協約方式でもない。単なる業者間協定による最低賃金(中小企業が若年層を低賃金で採用する求人対策であった業者間の初任給協定)である。この最低賃金は旧労働省の積極的な推進により各地で締結され、最低賃金法が制定される1959年の4月までに127件になったとされる。この業者間協定方式が法制化されることになった背景には、当時、輸出の急増によってアメリカを中心に諸外国から低賃金・長時間労働によるソーシャル・ダンピングとの批判が日本に向けられ、ガット加入への障害になっていたこと、及び国内的には本格的な高度成長期の到来を前に繊維や金属・機械などの低賃金業種で若年者の初任給が上昇し、それをカルテルにより阻止しようとする意図があったとされる。制定された最低賃金法には労働協約や審議会方式を可能にする条項もあったが、現実には「業者間協定にもとづく最低賃金」を中心にしながら、併せて「業者間協定にもとづく地域的最低賃金」も普及した。しかし、高度成長のもとで最低賃金の普及状況に産業間及び地域間で不均衡が生まれ、さらに協定最低賃金の水準の低さからその実効性の欠如が批判されるようになった。
そこで法成立後に設置された中央最低賃金審議会 (公労使各7名) が1964年に「最低賃金の対象業種および最低賃金額の目安について」の答申を出し、地域別及び業種別 (3地域2業種別)に最低賃金の具体的な目安を示した。ただし、2年後の1966年には業種区分が廃止され、地域別の目安のみが示されるようになった。さらに審議会により業者間協定方式から審議会方式への移行が主張された結果、1968年には法改正によって審議会方式が基準とされ、業者間協定方式は廃止された。こうした動きを後押ししたのは、労働者の代表が関与しない業者間協定方式では ILO 条約を批准できないという事情であった。1971年にようやく最低賃金に関するILO 条約 (第26条及び第131号) の批准が行われた。この年は同時に法第16条「最低賃金審議会の調査審議に基づく最低賃金」のもとで地域別最低賃金の審議が地方で始まった年でもある。その後、労働省の「最低賃金の年次推進計画」のもとに県全域の労働者を対象にしてそれは急速に発展した。他方、法第11条「労働協約に基づく地域的最低賃金」による方式は、企業別組合をベースにする労使関係のもとでは普及せず、むしろ審議会方式による産業別最低賃金が業種を大括りにした形で進展した。
こうして地域別最低賃金が整備されたことにより最低賃金制度は全労働者に適用される制度となったが、他方で、都道府県ごとの決定だったので最低賃金額の全国的な整合性に欠ける面があった。このため労働側は全国一律の最低賃金制度を設けるよう求めるようになった。1975年総評等4団体が「全国一律最低賃金制」を求め、これに応じて社会党等野党4党が国会に改正法案を提出した。この法案は可決されなかったが、中央最低賃金審議会で最低賃金の全国的整合性についての検討が行われることになった。1977年、同審議会は、毎年の賃金額の改定に際し中央最低賃金審議会が改定の目安を作成し地方最低賃金審議会に示すこととした。(いわゆる「目安方式」)
翌年1978年に目安制度が導入され、現在の日本の最低賃金制度の骨格が出来上がった。また、地域別最低賃金の引き上げ額について中央最低賃金審議会が地方の審議会に対して目安を提示した時期である。都道府県を A, B, C, D の四つのクラスに分類し、それぞれについて引き上げ額の目安を示すというものである。ただし、公労使の三者が合意できたのは最初の3年間のみで1981年以降は公益見解として引き上げ額が地方に示され、労使はそれぞれの不満を意見書によって表明している。
こうして地域別最低賃金制度により労働者全体をカバーする制度が定着してくると、産業 別最低賃金の位置づけが次第に課題として浮かび上がることになった。このため中央最低賃金審議会において産業別最低賃金のあり方が労使間で長い期間議論がされた。その結果、① 産業別最低賃金は、労使のイニシアティブに基づく制度として労使団体から申出があった場合に限り審議会に諮問を行い決定等の手続を開始すること、②産業の範囲を小くくりとし基幹的労働者に適用することとした(新産別最低賃金)。また、地域別最低賃金を下回る産業別最低賃金は順次廃止されることとされた。
2007年の最低賃金法改正は、こうした沿革の上に立つものであり、その内容は次のとおりである。
- a. 審議会方式による最低賃金制度に関して、地域別最低賃金と産業別最低賃金制度の二つの決定方式を区分して法律上規定した。従来の法律ではこれらは審議会方式の決定方式としてまとめて規定されていた。
- b. 地域別最低賃金制度の強化が行われた。まず最低賃金は「地域ごとに決定されなければならない」と定め、地域別最低賃金が必要的設定事項であることを明確化した。また、従来は 都道府県労働局長の許可により最低賃金を適用除外する制度が設けられていた*が、これを廃止し、例外なくすべての労働者に適用されることした。また、罰金額の引上げも行われた。
- c. 最低賃金が生活保護の水準を下回らないよう、最低賃金の決定に関して、「生活保護との整合性に配慮する」ことが定められた。
- d. 産業別最低賃金は、「特定最低賃金」として、関係労使の申出がある場合に限り決定する(任意的設定)旨定められた。産業別は労使の主体的な取組により決定される制度であること を明確化したものである。
- e.決定実績のほとんどなかった労働協約の拡張による最低賃金(労働協約の拡張による最低賃金は2件決定されているに止まっていた。)は、廃止された。
- f.特定最低賃金の適用範囲が派遣労働者を含めるようになった。
最低賃金制度
最低賃金制度の在り方について労働政策審議会の意見の提出があったときは、日本国政府は速やかに必要な措置を講ずるものとされている(昭和43年法律第90号附則第8項)。なお最低賃金法における労働者・使用者・賃金の定義は労働基準法と同一である(法第2条)。
法の目的は、「賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もって、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」とされ(法第1条)、全ての労働者を守るための安全網としての役割がもっとも重要であり、公正な賃金設定という役割は、あくまで補助的なものである[131]。
使用者は最低額以上の金額を賃金として労働者に支払わなければならない。最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、最低賃金と同様の定をしたものとみなす(法第4条)。これは全ての賃金に対して適用されるため、正社員やパート・アルバイトといった勤務形態の違いにかかわらず、最低賃金以上の賃金を支払わなければならない。ここで言う最低賃金は、基本的な賃金の額であり、例えば時間外割増賃金(いわゆる残業代)や通勤手当(いわゆる交通費)、精皆勤手当、家族手当は含まれない(住宅手当は含まれる)。
最低賃金には地域別最低賃金(法第2節)と特定最低賃金(法第3節)とが設けられている。その額の決定、変更については、中央最低賃金審議会(厚生労働省)が厚生労働大臣へ引き上げ(引き下げ)の答申を行い、その答申を元に、各都道府県の地方最低賃金審議会(都道府県労働局)がそれぞれの最低賃金を審議・答申し、都道府県労働局長が定める形式となっている(法第10条、第15条)。
- 地域別最低賃金
地域別最低賃金は、あまねく全国各地域について決定されなければならないとされ(法第9条1項)、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用される最低賃金として、各都道府県に1つずつ、全部で47件の最低賃金が定められている。
地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならず、また労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする(法第9条2項,3項)。2007年(平成19年)11月28日の法改正により、ワーキングプア解消を目指し最低賃金を決める際、「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことを明記し「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」との文言も加えられた。最低賃金未満で働かせた企業への罰則も、「2万円以下」から「50万円以下」の罰金に引き上げられた(法第40条)[132]。
地域別においての全国加重平均額は874円。最高額は東京都の985円、次いで神奈川県の983円、最低額は鹿児島県の761円となっている(2018年10月6日現在)[133]。また日本の最低賃金はOECDの実質最低賃金の統計[91]より、アメリカドル建てにするとOECD加盟国の中で、2016年時点では、27か国中12位であり、中位ランクであるが、G7の中では最低賃金制度の無いイタリアを除けば、低い方から2番目である。また購買力平価で換算した場合、27か国中11位であり、同じく中位ランクであり、G7の中でも同じく低い方から2番目である。フルタイム労働者賃金に対する法定最低賃金の比率は、2017年時点で中央賃金の場合は、0.42でありOECD加盟国の中で、28カ国中23位であり、下位ランクであり、G7の中では最低賃金制度の無いイタリアを除けば、低い方から低い方から2番目である。[92]平均賃金の場合は、0.36でありOECD加盟国の中で、28カ国中22位であり、同じく下位ランクであり、G7の中では最低賃金制度の無いイタリアを除けば、低い方から2番目である。[92]また、1人当たりGDPに対しての比率は、地下経済並びに失業率を考慮した場合、2017年時点では0.305であり、151カ国中52位であり、中の上ランクである。G7の中では低い方から3番目である。[94]
- 特定最低賃金
特定最低賃金は、特定地域内の特定の産業について、関係労使が基幹的労働者を対象として、地域別最低賃金より金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めるものについて設定されていて(法第15条)、平成29年4月1日現在、全国で233件の最低賃金が定められている。
特定最低賃金は地域別最低賃金において定める最低賃金額を上回るものでなければならない(法第16条)とされているが、特定最低賃金と地域別最低賃金の双方が適用される労働者についてはそのいずれか高いほうが適用されることになる。
決定方式
[128][134][135][136][137]
日本では毎年春に「春闘」として賃金交渉が行われるが、その際には、金属労協など賃上げ相場形成に大きな役割を果たす大手企業の交渉が行われ、その結果を踏まえて、中小企業の賃上げ交渉が行われる。そして、地域別最低賃金は、実際上、中小企業の賃上げの状況を踏まえながら行われるので、その審議は、中小企業の賃上げ状況が明らかになる時期を見計らって、6月下旬から7月初旬に開始される。
まず、中央最低賃議会において目安の審議が行われる。この審議は、例年6月下旬から7月初旬に、厚生労働大臣から審議会に、目安審議の諮問がなされることより開始される。審議会は、例年7月末か8月初旬に、目安についての答申を行う。具体的な目安額の審議は、審議会に設置される「目安小委員会」において行われる。最低賃金審議会において、賃金の実態調査結果など各種統計資料を十分参考にしながら審議が行われ、①労働者の生計費、②労働者の賃金、③通常の事業の賃金支払能力の3要素を考慮して決定又は改定されることとなっており、①を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとされている。なお、審議会に使用される各種統計資料の中で賃金改定状況調査の賃金上昇率を重要な参考資料としている。
目安額については例年労使の意見の隔たりが大きく、1981年以降は、審議会の公益委員の考え方が「公益委員会見解」として各地方最低賃金審議会に提示されている。目安に関する公益委員見解は、都道府県をA、B、C、Dの4つのランクに分けて、引上げ額を提示する。なお、目安の引き上げ率でこれまでの最高は、1980年の7%である。他方、最低は、2003年 の0.0%、2002年、2004年、2009年は、「現行水準の維持を基本として引上げ額の目安は示さないことが適当」とされた。
また、都道府県のランク分けは、5年おきに見直しが行われている。見直しは以下のように行われる。まず、所得・消費に関する指標 (5指標)、給与に関する指標 (9指標)、企業経営に関する指標 (5指標) を指標化し、各指標を平均して総合指標を計算する。その総合指標が大きいものから並べて、ランク間の移動・ランクごとの変動をおさえ、各ランクにおける総合指数の分散の度合いを小さくすることを考慮してランク分けが決定される。
また、具体的な指標は以下の通りである。
- 所得・消費に関する指標
- ① 1人当たりの県民所得 「県民経済計算年報」内閣府
- ② 雇用者1人当たりの雇用者報酬 「県民経済計算年報」内閣府
- ③ 1世帯1月当たりの消費支出(単身世帯) 「全国消費実態調査」総務省
- ④ 消費者物価地域差指数 「小売物価統計調査」総務省
- ⑤ 1人当たり家計最終消費支出 「県民経済計算年報」内閣府
- ① 1人当たりの県民所得 「県民経済計算年報」内閣府
- 給与に関する指標
- ⑥ 1人1時間当たり所定内給与額(5人以上) 「賃金構造基本統計調査」厚生労働省
- ⑦ 常用労働者1人1時間当たり所定内給与額(5人以上) 「毎月勤労統計調査 - 地方調査」厚生労働省
- ⑧ 常用労働者1人1時間当たり所定内給与額(中位数)(1~29人(製造業99人)) 「最低賃金に関する基礎調査」厚生労働省
- ⑨ 短時間労働者1人1時間当たり所定内給与額(5人以上)「賃金構造基本統計調査」厚生労働省
- ⑩ 1人1時間当たり所定内給与における第1・十分位数(5人以上) 「賃金構造基本統計調査」厚生労働省
- ⑪ 短時間労働者1人1時間当たり所定内給与における第1・十分位数(5人以上) 「賃金構造基本統計調査」厚生労働省
- ⑫ 常用労働者1人1時間当たり所定内給与における第1・十分位数(1~ 29人(製造業99人)) 「最低賃金に関する基礎調査」厚生労働省
- ⑬ 新規高校学卒者の初任給(10人以上) 「賃金構造基本統計調査」厚生労働省
- ⑭ 地域別最低賃金額 厚生労働省
- 企業経営に関する指標
- ⑮ 1事業従事者当たり付加価値額(製造業) 「経済センサス - 活動調査]]」総務省
- ⑯ 1事業従事者当たり付加価値額(建設業) 「経済センサス-活動調査」総務省
- ⑰ 1事業従事者当たり付加価値額(卸売業、小売業) 「経済センサス-活動調査」総務省
- ⑱ 1事業従事者当たり付加価値額(飲食サービス業) 「経済センサス-活動調査」総務省
- ⑲ 1事業従事者当たり付加価値額(サービス業) 「経済センサス-活動調査」総務省
目安が示されると、各都道府県の最低賃金審議会が、都道府県労働局長の諮問を受けて調査審議を行い、地域別最低賃金額についての答申を行う。これは通例8月中に行われる。更に、地方最低賃金審議会における実際の最低賃金の決定に際しては、各都道府県労働局が実施した『最低賃金に関する基礎調査結果』 などの資料をもとに、作業実態、賃金実態等を視察、関係労使からの聞き取りから金額を検討するほか、当該地域の生計費、学卒初任給、労使間で協定した企業内の最低賃金、賃金階級別の労働者分布、決定しようとしている最低賃金額未満の賃金を支給されている労働者数などを考慮して結論が出されるとされている。しかし、前記のうちどの統計がどの程度重視されているのかは明らかにされていない。さらに、前述した2007年の改正により、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう生活保護に係る施策との整合性に配慮することになった。その際、比較の対象となる生活保護水準は、12歳から19歳までの単身の生活扶助基準(第1類+第2類+期末一時扶助費+都道府県の住宅扶助実績値) とされている。審議の場では、生活保護水準との乖離額を地方最低賃金審議会が定める年数で割って得られる額とランクごとの引き上げ額とを比較して大きい方の額とすることになった。その後、都道府県最低賃金審議会の答申は公示され、当該都道府県の労働者及び使用者からの異議申立の手続を経て、都道府県労働局長が最低賃金額改定の決定を行い公示する。このような手続を経て公示後30日後に新しい地域別最低賃金が発効する。発効日は都道府県により異なっているが、例年10月初旬ないし11月初旬となっている。
なお、中央最低賃金審議会目安小委員会で審議される「目安」については、そのあり方が 様々な観点に関して、同審議会「目安制度の在り方に関する全員協議会」で繰り返し議論がされてきた。
派遣者における最低賃金
派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第44条1項に規定する派遣中の労働者をいう)における最低賃金は、地域別最低賃金・特定最低賃金とも、派遣元ではなく、派遣先の都道府県における最低賃金が適用される(法第18条)。
減額・適用除外
上記の様に最低賃金は全ての賃金に対して適用されるが、以下のいずれかに該当する者について、都道府県労働局長の許可を得た場合は、厚生労働省令で定める率を減額した額を最低賃金額とすることができる(法第7条)。
- 精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者[* 2]
試用期間中の者
職業能力開発促進法第24条第1項の認定を受けて行われる職業訓練のうち職業に必要な基礎的な技能及びこれに関する知識を習得させることを内容とするものを受ける者であつて厚生労働省令で定めるもの- 軽易な業務に従事する者その他の厚生労働省令で定める者(断続的労働に従事する者。施行規則3条2項)
2008年(平成20年)7月の改正法施行により、それまでの「適用除外」から「減額特例」へと変更された。最低賃金のセーフティネットとしての機能を強化する観点から、最低賃金の適用対象をなるべく広範囲とすることが望ましく、減額措置が可能であるならば、適用除外とするよりも減額した最低賃金を適用した方が労働者保護に資することから改正されたものである。また減額事由から「所定労働時間の特に短い者」が削除された。改正前の適用除外許可及び改正後の減額特例許可の件数の推移は中央最低賃金審議会の資料に示されていて、改正前の許可が失効し切り替えが多数行われた平成21年度を除き、おおむね改正後も改正前と同水準で許可が行われている[* 3]。
履行保証
[138][139][140]
最低賃金違反の疑い等がある場合、労働基準監督官が、事業場(工場や事務所など)に立ち入り、事業主に対して改善命令等を文書で行い、その是正を指導する。それでも法令違反が是正されなかったり、法令違反の内容が重大または悪質な場合、労働基準監督官は、特別司法警察職員(司法警察員)として犯罪捜査と被疑者の逮捕、送検を行う権限を行使する。平成28年度時点での全国の労働基準監督官数は2,923人である。
日本では近年、最低賃金違反、残業代の未払い、長時間労働などが常態化した企業が問題となっている。これは、フリーダム・ハウスのレポートの中でも、指摘されている。[141]
また、10月の地域別最低賃金の改定発効を受けて、翌年1月~3月に実施される実施最低賃金重点監督では、使用者を労働基準監督署に呼び、労働基準監督官が賃金台帳等を調査する。平成28年度では、監督件数12,538件のうち違反件数が1,648件であり、違反率は約13.1%であった。なお、重点監督における監督指導の対象となる事業場については、各労働基準監督署において、最低賃金未満の労働者割合が高い業種や過去の違反率が高い業種、法違反の疑いのある事業場情報等を踏まえ、監督指導が効果的・効率的に行われるよう選定される。[142]更に、外国人技能実習生の実習実施者に対して5,966件の監督指導を実施し、 その70.8%に当たる4,226件で労働基準関係法令違反が認められた。因みに違反は実習実施者に認められたものであり、日本人労働者に関する違反も含まれる。
地域別最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、最低賃金法に罰則(50万円以下の罰金)が定められ、特定(産業別)最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、労働基準法に罰則(30万円以下の罰金)が定められている。平成28年度に最低賃金法4条違反による送検件数は、13件であった。また、平成29年の外国人技能実習生の実習実施者に対しては、92件であった。 更に、技能実習生から労働基準監督機関に対して労働基準関係法令違反の是正を求めてなされた申告は7件である。
最低賃金未満及び最低賃金近傍の労働者に関するデータ
最低賃金未満の労働者の比率は、平成29年度では、事業所規模30人未満(製造業等は100人未満)の中小企業を対象にした場合、約1.7%(最高:大阪府[約3.2%] 最低:富山県[約0.0%])であった。非農林水産業の事業所規模5人以上の民営事業所(5~9人の事業所については企業規模が5~9人の事業所に限る。但し、教育や医療などの一部の法人は含まれていない。)を対象の賃金構造基本統計調査特別集計によれば約1.2%(最高:神奈川県[約3.2%] 最低:千葉県、福島県、鳥取県[約0.6%])である。[143]
更に、平成26年時点であるが、賃金構造基本統計調査を基に推計した最低賃金額の1.15倍未満の労働者の比率は、13.38%(約415.4万人)である。[144][145]以下、具体的な内訳は、
都道府県別では、一番高いのが沖縄県(21.71%)であり、一番低いのが香川県(6.79%)である。
性別にみると、地域別最低賃金額未満の比率を性別にみると、男性1.15%、女性2.88%と、女性の方がわずかに高い。地域別最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合は男性6.45%、女性22.51%であり、女性労働者のうち約2割の労働者の賃金は最低賃金から100円~130円程度高い水準未満にある。
雇用形態・期間の定めの有無別では、正社員・正規の職員であり、かつ期間の定めがない労働者の場合、地域別最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合は 2.96%(男性:1.92% 女性:5.40%)であり、他の属性に比べて少ない。未満率が最も高いのは、無期の契約社員などを含む「正社員・正職員以外×期間の定めのない労働者」であり、地域別最低賃金額1.15倍未満の労働者は、40.00%(男性:28.33% 女性:45.13%)である。有期のパートタイム労働者などを含む「正社員・正職員以外×期間の定めがある労働者」は、27.99%(男性:20.71% 女性:31.83%)であり、非正規の中では、期間の定めのない労働者の方に低賃金労働者が多いという特徴がある。
就業形態別では、一般労働者(1日当たり5時間以上働く常勤労働者)の最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合は4.66%(男性:2.89% 女性:8.30%)であるのに対し、パートタイム労働者(1か月の所定内実労働時間が1日以上で、1日当たりの所定内実労働時間が1時間以上9時間未満の労働者)は39.17%(男性:33.46% 女性:41.20%)である。
年齢階層別では、最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合をみると、15~19歳の若年層で54.39%(男性:47.65% 女性:60.53%)と最も高い。逆に一番低い層は30~39歳で7.97%(男性:3.01% 女性:15.49%)である。
勤続年数別では、最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合は勤続年数が短いほど高く、勤続0年(1年未満)では 28.90%(男性:20.60% 女性:35.89%)であるところ、勤続20年以上では2.76%(男性:0.92% 女性:9.16%)である。
学歴別では、賃金構造基本統計調査は、パートタイム労働者の学歴を調査していないため、ここでは一般労働者ついて学歴別の未満率を示している。最低賃金1.15倍未満の者の割合は一番多いのが中学校卒で12.26%(男性:7.71% 女性:28.87%)であり、女性が突出して高い。逆に一番低いのが、大学・大学院卒の1.36%(男性:1.15% 女性:2.04%)である。
企業規模階層別では、最低賃金1.15倍未満の者の割合は、企業規模が小さいほど高く、5~9 人規模で19.40%(男性:8.51% 女性:31.75%)である。逆に低いのが100~999人規模で10.90%(男性:5.29% 女性:18.33%)である。
産業別(産業大分類)において、最低賃金1.15倍未満の者の割合は宿泊業、飲食サービス業(39.95%)、生活関連サービス業(23.05%)、卸売業、小売業(22.71%) が高く、電気・ガス・熱供給・水道業(0.61%)、情報通信業(1.38%)で低い。
産業別(産業中分類)において最低賃金1.15倍未満の者の割合が高いのは、持ち帰り・配達飲食サービス業(45.46%)、飲食料品小売業(45.37%)、飲食店 (43.28%)である。製造業の中では、繊維工業(36.63%)で高い。
失踪外国人技能実習生の失踪動機
[146]
失踪した技能実習生に対して法務省が昨年実施した聞き取り調査の「聴取票」を独自に分析した結果を公表した。全体の約67%にあたる1,939人が最低賃金(時給714円=2016年の沖縄県、宮崎県)未満で、約10%にあたる292人が月の残業時間が「過労死ライン」とされる80時間を超えていたとしている。
聴取票は、失踪後に入管法違反などで摘発された実習生から入国警備官が聞き取って記入するもの。国籍・性別、失踪動機、月給、労働時間などを尋ねる項目がある。法務省は昨年、2,870人を対象に実施。失踪動機(複数回答)の最多は「低賃金」の1,929人(67.2%)で、このうち144人(5.0%)が「契約賃金以下」、22人(0.8%)は「最低賃金以下」だった。月給は「10万円以下」1,627人(56.7%)、「10万円超~15万円以下」1,037人(36.1%)などとなった。
調査対象者は2,870人だったが、聴取票は22人分の重複があり、法務省は2,892人分として開示。野党が開示データをもとに算定したところ、月給は平均10万8,000円、光熱費などの名目による控除額は平均3万2,000円だった。
最低賃金引上げの動向
地方自治体の中には発注する公共工事などを請け負う会社に対して、日本国政府の規定最低賃金を上回る賃金を下限として支払わせることを目的としている公契約条例が制定されている例もある[147]。
2013年(平成25年)の最低賃金引き上げでも、5都道県で生活保護問題で指摘されている逆転現象が残っていた。2013年度の引き上げ前の時点で生活保護費との開きが2014年(平成26年)の引き上げで逆転が解消された[148][149]。安倍晋三が再登板した2013年以降は最低賃金が毎年引き上げられている。最低賃金の全国平均が2013年には745円だったのが、2017年には823円となり5年間で10%程度上昇させた。アルバイトは人手不足のために最低賃金を大きく上回る時給を示したり、月に2、3万円の交通費は企業が負担して募集している売り手市場になっている。企業の収益増加と賃上げで景気浮揚を狙う安倍政権は「1億総活躍プラン」として毎年3%引き上げていくことで、最低賃金の全国平均を1,000円に上げる[150][151]とし、2017年3月28日に決定した「働き方改革実行計画」でも同じ方針を確認した。[152]こうした意向を背景に、2016、2017年度は25円ずつ引き上げられ、それぞれ引き上げ率3%を確保してきた。2018年も安倍政権は、6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で同様の方針を盛り込み[153]、引き上げ額の目安を決める審議会にも理解を求めてきた。中央最低賃金審議会の目安に関する小委員会の議論では、経営者側が「中小企業の経営は厳しい」と連続での大幅引き上げに反対した一方、生活水準を底上げしたい労働者側は引き上げを強く要求。最終的に引き上げ率は、政権の意向に沿った形となり、2018年度にも全国で3%の賃上げが決まり、全国平均は874円に引き上げられた。[154][155]
また、首都圏(東京・千葉・埼玉・神奈川)のアルバイト平均時給は、2018年10月時点で、リクルートジョブスの調べでは1,089円(販売・サービス系は1,074円、フード系は1,053円)[156]であり、全国の場合は、パソナキャリア調べで、1,046円(販売系は972円、サービス系は1,071円、フード系は1,007円)[157]であった。どちらも東京の最低賃金958円を上回っている。
日本共産党は、今すぐ最低賃金を1000円以上に上げ、地域格差もなくすべきと主張している[158]。だが中小企業にとって、そのような大幅な引き上げは商品やサービスに値上げという形で転化させることが低コストの途上国にある企業と競争している国境がない現代では海外移転や委託による依頼の喪失を招いて国内企業が収益どころか雇用を維持できなくなる。結局は賃上げされても最低賃金で働いている「資格」や「特殊技能」の人に対して付加価値がない労働者を解雇して、飲食店なら機械導入によるオートメーション化で労働力を確保することになるため雇用減と産業の空洞化を招くだけと指摘されている[159]。実際に企業の損益分岐点無視の最低賃金引き上げに対して、受付の販売従業員はなくしてタッチパネル方式の顧客対応ロボットに置き換える予定であり、今後はコストに合わない人材は失業者になるとだろうと述べられている[160]。
諸議論
最低賃金を巡る議論をいくつか挙げる。
- 産業別賃金のあり方
- 産業別賃金を廃止も含めて検討すべきという意見が、「最低賃金制度のあり方に関する研究会」報告書で出されている。
経済学者の鶴光太郎は、日本の各種大規模なミクロデータを使った分析において、
- 最低賃金の影響を受けやすい10代の労働者に限れば、最低賃金上昇の雇用への負の効果は明確である
- 最低賃金の企業収益への負の効果も明確である
- 最低賃金引き上げは、比較的裕福な世帯主以外の労働者にも恩恵があるという意味では、貧困対策として漏れがある
としている[161]。
大竹文雄は「労働市場が買い手独占であれば、最低賃金の引き上げは、雇用も賃金も増やす可能性がある。日本国外での実証研究の多くは、最低賃金引き上げで雇用が減少するという報告が多いが、最低賃金が雇用に影響を与えないという研究結果も存在する。日本では、1990年代終わり頃から、最低賃金が雇用にマイナスの影響を与えているというものが多い。最低賃金の引き上げは、短期的には財政支出を伴わない政策であるため、貧困対策として政治的に好まれるが、最低賃金水準で働いている労働者の多くは、500万円以上の世帯所得がある世帯における世帯主以外の労働者であり、最低賃金は、貧困対策としては、あまり有効ではない政策である」と指摘している[162]。
大竹は「実証分析によれば、日本において最低賃金引き上げで雇用が失われるという意味で被害を受けてきたのは、新規学卒者・子育てを終えて労働市場に再参入しようとしている既婚女性・低学歴層といった生産性が低い人たちである。貧困対策として最低賃金を引き上げても、職を維持できた人たちは所得が上がるかもしれないが、失業した人たちは貧困になってしまう。最低賃金引き上げで雇用が失われるという実証的な結果は、労働市場が競争的な状況における最低賃金引き上げに関する理論的な予測と対応している。ただし、最低賃金引き上げによって仕事を失うのが、留保賃金が高い労働者から低い労働者という順番であれば、雇用が失われることによる社会的余剰の減少よりも、雇用を維持できた人たちの賃金が上昇する効果による余剰の増加の方が大きくなる可能性がある」と指摘している[163]。
経済学者の若田部昌澄は「企業側に最低賃金を引き上げるというインセンティブはないため、デフレで実質賃金が上がっている状態で、最低賃金を引き上げると、企業側は雇用に慎重になる。最低賃金の引き上げは、デフレ不況を解消するほどの需要にはならず、悪い効果を与える可能性が高い」と指摘している[164]。
経済学者の田中秀臣は「名目経済成長をないがしろにした最低賃金の引き上げは、地方・若年層の雇用を悪化させる可能性が大きい」と指摘している[165]。
平成26年度版賃金構造基本統計調査を基づいた分析では、2008年以降の最低賃金の引き上げは、一般労働者の賃金に大きな影響は与えなかったが、パートタイム労働者の賃金に対して大きな影響を与えている。特に、目安制度におけるランクがAランクの都道府県(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府)は、パートタイム労働者の賃金分布に、今まで見られなかったスパイク(最低賃金額かそれより少し高い水準に集まっている状況)が確認されたこと、そして、賃金分位の低い労働者の賃金を底上げし、日本全体の賃金格差を縮小する効果も持っていることが確認された。[166]
賃金水準について
経済学者の川口大司は、最低賃金の水準については、最低賃金の推移を平均賃金の推移と比較すると、両者は乖離しているとしており、日本における最低賃金が実際は賃金水準の決定に大きな制約となっていない可能性が考えられてきたとしている[16]。
- 雇用との関係
2000年代の日本においては、2000年の最低賃金は659円[167]、2012年の最低賃金は749円[168]と13%の上昇を示しているが、2000年12月の完全失業率は4.8%、2012年12月の完全失業率は4.3%とむしろ低下している[169]。- 川口大司、森悠子の2009年の論文では、2002年までのデータで、最低賃金上昇は10代男性、既婚中年女性の雇用に負の影響を与えることを示している[29]。また2010年までのデータで、10%の最低賃金の上昇は10代若年者の就業率(平均17%)を5ポイント程度低下させるという研究成果を報告している[29]。川口大司は「最低賃金の引き上げは、貧困対策としてまったく意味の無いものではないが、必ずしも期待された効果を挙げているわけではない。ただし、最低賃金労働者の半数は中高年の女性が占め、多くは世帯主ではないパート労働者であることから、雇用が失われても家計への影響は大きくない可能性がある」と指摘している[170]。
- 生活保護との関係
- 「最低賃金は生活保護基準以下に抑えられており、これは労働者の生活よりも、企業活動を優先しているからだ」という意見は国会をはじめ、各所で取り上げられている。例えば2004年(平成16年)の第159回国会では日本共産党参議院議員、畑野君枝が最低賃金と生活保護基準との関連について質問主意書を出したのに対し、小泉純一郎内閣総理大臣(当時)が答弁書で「両制度はその性格等を異にしており、また生活保護費は住宅費等勘案する要素が多く、最低賃金と生活保護の水準を単純に比較することは適切ではない。しかしながら、中央最低賃金審議会で生活保護も参考にしながら最低賃金の水準を検討している」と答えている[171]。
- 男女差
- 川口大司は、男女別に賃金分布を概観すると、女性において最低賃金があることにより賃金分布が大きく歪められており、最低賃金に近い賃金水準で働いている労働者が、相当数存在するとしている[16]。また川口大司は、都道府県別に平均賃金と最低賃金の差をみると、その差は地域によってばらつきがあるとしており(例:青森県は東京都に比べて最低賃金と平均賃金の差が小さい)、地方の女性労働市場においては最低賃金が制約となっている可能性が高いとしている[16]。
- また、賃金構造基本統計調査を基づいた推計では、平成26年は性別にみると、地域別最低賃金額未満の比率を性別にみると、男性1.15%、女性2.88%と、女性の方がわずかに高い。地域別最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合は男性6.45%、女性22.51%であり、女性労働者のうち約2割の労働者の賃金は最低賃金から100円~130円程度高い水準未満にある[144][145]。但し、この調査は、非農林水産業の事業所規模5人以上の民営事業所「5~9人の事業所については企業規模が5~9人の事業所に限る。」を対象にしており、教育や医療などの一部の法人は含まれていないことに留意する必要がある。
- 地域差
しんぶん赤旗では、現行制度では格差が広がるとして、全国一律の最低賃金(1,000円以上)にすべきと主張している[* 4]。- 山田久は「日本では、最低賃金水準の影響を受けやすい非正規雇用者の賃金は、生産性を下回る状況にある。そうした状況は、産業基盤が弱く働き口の少ない地方での大企業の工場・営業所で発生している可能性がある。大企業を中心にした高生産性セクターについては、非正規雇用者の賃金の引き上げを、雇用量を減らすことなく受け入れる余地があるが、地方の中小企業をはじめ低生産性部門では打撃を受ける公算が大きい」と指摘している[26]。
NHKのNews Upの記事によれば、2018年10月に改訂された最低賃金の額で最も高い東京の985円に対して、最も低い鹿児島は761円と224円の差があった。そのため、同じ仕事でも、1日8時間、週休2日で働いて、1か月で3万9000円、年間47万円の差が出ることを指摘している。
- また、最低賃金は生活水準や、企業の支払い能力などを元に決められるため、最高と最低の地域間格差は、2006年の109円から2018年の224円となり、この10年余りでおよそ2倍に広がった。そのため、広がる地域格差に県を跨いで「越境」する人も出ている。たとえば神奈川県湯河原町と静岡県熱海市では、同じ温泉街で、車で15分ほどの距離ながら、県の最低賃金でみると2018年では、125円の差(神奈川県:983円 静岡県:858円)がある。熱海市を所管するハローワーク三島によると、熱海市内の有効求人倍率は2.66倍(2018年8月)と人手不足が深刻になっている。「労働者を集めるため、神奈川の賃金水準に近づけようとしているが、中小の事業者の中には難しいところもあり、人が神奈川の方に流れている傾向が見られる。」(ハローワーク三島の担当者)。
- 最低賃金の低いところほど、人口が流出し、高いところほど人口が流入している傾向が見られた。それだけが原因ではないが、企業の人手不足も深刻となる中、最低賃金の格差がさらなる人口の流出を促し、地方の人口減少を加速させるのではないかとの危機感が広がっている。2013年~2018年の間で、全国の自治体の1割以上にあたる254の市町村や都道府県の議会で、全国同一賃金や地域格差の縮小などを求める意見書が議決された(全国労働組合総連合調べ)。このうち、2018年6月に議決した静岡県袋井市では「最低賃金が全国平均を下回っていて著しく低い状況であり、若い労働者の県外流出を招く要因にもなっている。」(意見書)として、国に対し、最低賃金の引き上げや地域間格差縮小などの施策を求めている。静岡県商工会議所連合会の担当者は「企業の人手不足が深刻で、県境を超えて人材の“争奪戦”が起きている。静岡県はこれまで、他県に比べて人件費が低いことで、企業誘致がうまくいっていた面もあるが、これだけ人を採用しにくい状況では、最低賃金を引き上げて労働条件を改善していかなければやっていけない時期に来ている。」と危機感を示している。[172]
- また、賃金構造基本統計調査を基づいた推計では、平成26年は都道府県別で、地域別最低賃金額1.15倍未満の労働者の割合が高い順に沖縄県(21.71%)、北海道(20.47%)、神奈川県(19.88%)である。逆に低いのは順に、香川県(6.79%)、徳島県(7.48%)、山梨県(8.63%)である。割合の一番高い県と低い県との差は、約3.2倍の格差がある[144][145]。
- 更に、最低賃金未満の労働者の割合は、平成29年度では、事業所規模30人未満(製造業等は100人未満)の中小企業を対象とした調査では全国で約1.7%であった。都道府県別では、高い順に大阪府(約3.2%)、鹿児島県(約3.1%)、埼玉県(約2.7%)であった。逆に低いのは順に、富山県(約0.0%)、山梨県(約0.3%)、山口県と島根県(約0.4%)であった。農林水産業の事業所規模5人以上の民営事業所(5~9人の事業所については企業規模が5~9人の事業所に限る。但し、教育や医療などの一部の法人は含まれていない。)が対象の賃金構造基本統計調査特別集計によれば約1.2%であった。都道府県別では、割合の高い順に神奈川県(約3.2%)、大阪府(約2.4%)、北海道(約2.2%)であった。逆に低い順では、千葉県、福島県、鳥取県(約0.6%)、茨城県と山梨県(約0.7%)、群馬県と福井県と徳島県と高知県と沖縄県であった。割合の一番高い県と低い県との差は、約5.3倍の格差がある[143]。
- 水準に対する労使対立
- 傾向として、労働者側は「できるだけ高くしてほしい」と願っているが、使用者(企業)側は「できるだけ低く抑えたい」というものがある[173]。また、日本の最低賃金は必ずしも高くないとされるが、これは、最低賃金変更者の経営使用者側への過度の配慮、最低賃金の引上げは雇用削減になる、高賃金の労働組合員の関心が低い、低賃金者の多くは既婚女性のパートタイマーや若年層である、という事情がある[要出典]。
- 経済学者の橘木俊詔は「正規労働者が主たる参加者である労働組合は、非労働組合員である非正規労働者との間で同一価値労働・同一賃金の原則を拒否することが多い。身分が保護されている正規労働者は、この原則が導入されれば、非正規労働者の一時間あたり賃金が上がるため、自分たちの賃金を下げられるためである」と指摘している[174]。橘木は「最低賃金の引き上げに関して、労働組合は表面上は賛成するが、実態は無関心である。非労働組合員の最低賃金が引き上げられると、組合員の賃金が下げられかねないと恐れる。労働組合員の権益を守りたいという労働組合の行動原理が存在することは否定できない」と指摘している[175]。
- 2006年12月労働政策審議会答申
- 2006年(平成18年)12月27日に、労働政策審議会は以下の内容で答申を行った[176]。
- 低賃金労働者が増加したため、安全網としての役割を十分果たすようにする必要がある
- →この役割は、地域別最低賃金で行う
- 社会保障との整合性を取る必要がある
- 罰則の強化
- 産業別最低賃金は、労使による届け出によって決めることができ、こちらについては罰則の適用はされない
- 派遣労働者については、派遣先の最低賃金を適用する
- 格差是正緊急措置法案
民主党は2007年3月1日、最低賃金を時給1,000円程度[* 5]とするなどを骨子とした「格差是正のための緊急措置等に関する法律案」を衆議院に提出[177]。低賃金労働者からはほぼ無条件に歓迎されているが、経営者は難色を示している[要出典]。- 若田部昌澄は「民主党は賃金を上げると需要が増え景気が良くなると言っているが、最低賃金の引き上げによって景気が改善したという実例は無い」と指摘している[164]。
- 大竹文雄は「最低賃金を1000円に引き上げによる影響は、
- 時間当たりの生産性が1000円を下回る未熟練労働者(アルバイト学生・主婦)は職に就けなくなる
- 企業は、生産性が1000円未満の未熟練労働者を雇えないため、中長期的に未熟練労働者の仕事を機械で代替させようとする
- の2つに大別できる。未熟練労働者の失業が増えれば、勤労者世帯の所得は減り、モノは売れなくなり、消費不況の度合いを深めるはずである。最低賃金の引き上げは、貧困・格差対策として逆効果となり、景気に悪影響を及ぼす可能性がある」と指摘している[178]。
- 飯田泰之は「最低賃金1000円というのは、実質的には大企業に税を課すことと同じになる。大企業ほど『海外に逃げる』という選択肢が大きくなる。また、労働力を機械に置き換えることもありうる。そこを規制するのは論理的に無理である」と指摘している[179]。
規制改革会議による提言
- 2007年(平成19年)5月21日に、規制改革会議は以下の内容で提言を行った[180]。
- 労働者保護を強くしすぎることによって、正規雇用を抑制する結果を招いている。労働者の権利を強めることが労働者を保護するという考え方は間違い。
- →この観点から、考えなしに最低賃金を引き上げると、最低賃金に満たない生産性の業種の労働者の失業を招き、かえって失業者を増やす。
- 国連社会権規約委員会勧告
国際連合経済社会理事会の経済的、社会的及び文化的権利委員会(社会権規約委員会、CESCR)は、第50回会期に行なわれた日本の第3回報告審査の総括所見を2013年5月17日に採択し[181][182]、この中で、日本の最低賃金が最低限の生活水準、生活保護および生活費の増加を下回っているおそれがあるとの懸念を示した。その上で、労働者およびその家族が人並みの生活を営むことを可能とすることを最低賃金の決定要素として加えるべくその見直しを勧告するとともに、次回定期報告書において最低賃金未満の賃金支払いを受けている労働者の比率を報告するよう求めた。
地方最低賃金審議会の公平性について
地方最低賃金審議会では、経営者側の委員は中小企業の経営者等が多いにもかかわらず、労働者側の委員は大企業労働組合の代表が多く、地域別最低賃金により影響を受ける中小零細企業の労組代表がほとんど選任されていない。このことは国会でも取り上げられた。これは主に中小零細企業の労組では、労働者側委員を出せるだけの組織率を有している労組がないことが大きく影響しているといわれている[要出典]。
最低賃金との比較について
最低賃金を満たしているかどうかの計算式は以下によって求めることが出来る。なお、通勤手当・皆勤手当・家族手当・深夜割増手当・時間外労働または休日労働手当は算入しない。臨時に支払われる手当(結婚手当など)も算入しない。住宅手当は除外賃金に指定されていないので、参入して計算する。除外する賃金は最低賃金の種類ごとに指定できることになっているが、どの最低賃金も同じ手当が除外手当として指定されている。
- 基本給が月5,000円、住宅手当が月120,000円、職務手当が月25,000円、通勤手当が月8,000円で、1ヶ月の合計が158,000円。年間所定労働日数が250日、1日の所定労働時間が7時間30分。勤務地の最低賃金額が800円とする。
- 158,000円(1ヶ月の合計) = 5,000円(基本給) + 120,000円(住宅手当) + 25,000円(職務手当) + 8,000円(通勤手当)
- 通勤手当を差し引く。158,000円(1ヶ月の合計) - 8,000円(通勤手当)= 150,000円。
- 時間額に換算する。150,000円 ÷ 1ヶ月平均所定労働時間(250日 × 7.5時間 ÷ 12ヶ月) = 960円
- 最低賃金が800円なので、960円 > 800円 となり、正しい賃金体制となっていることが分かる。
以下に挙げるの計算式は簡略したもので、時間額に換算するものである。
- 時間給制 - 時間給 ≧ 最低賃金額(時間額)
- 日給制 - 日給 ÷ 1日の所定労働時間 ≧ 最低賃金額(日額)
- 月給制 - ((月給額 × 12ヶ月)÷(年間総所定労働日数 × 所定労働時間))≧ 最低賃金額(時間額)
- また、月給 ÷ 1ヶ月平均所定労働時間 ≧ 最低賃金額(時間額)という計算方法もある。
- 法定労働時間フルタイムで労働時間が曖昧な場合は法定労働時間の算出に月間所定労働時間を用いる(労働基準法第32条に準じる)。365日(1年の日数)÷ 7日(1週間の日数)×40時間(1週間の法定労働時間)=約2085.71時間(1年の推定労働時間)÷12ヶ月=約173.8時間(1カ月の推定月法定労働時間)、この時間以上の労働は法定労働時間外労働として割り増し賃金が付く[183]
- 法定の労働時間、休憩、休日を守り。変形労働時間制を採用せず。深夜業をしない、36協定を結んでの時間外労働や法定休日労働をしない場合。1日8時間労働、45分間休憩(または労働基準法の最低基準である45分間を超える1時間休憩など)、週の起算日の定め無し(起算日は日曜日となる)、公休として法定休日は日曜日、法定外休日は土曜日、平日祝日の法定外休日無し、週40時間労働の完全週休2日制。1月1日が日曜日から始まる平年。勤務地の最低賃金額が800円、各種手当て無しとする。
- 使用者は、原則として、1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけません。
- 使用者は、労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければいけません。
- 使用者は、少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません。[184]
- 1年は52週あり土曜日52日+日曜日52日=104日となり、1年の総労働時間は平年2088時間、閏年2096時間。14種類ある暦パターンの内、日曜日から始まる平年は1月1日が日曜日、土曜日から始まる平年は12月31日が土曜日となり土曜日52日+日曜日52日+α=105日、1年の総労働時間2080時間。日曜日から始まる閏年は1月1日が日曜日、金曜日から始まる閏年は12月31日が土曜日となり土曜日52日+日曜日52日+α=105日、1年の総労働時間2088時間。土曜日から始まる閏年は1年が53週あり12月30日が土曜日+12月31日が日曜日となり土曜日53日+日曜日53日=106日となる、1年の総労働時間2080時間。
- 365日(1年の合計日数)-53日(日曜日)-52日(土曜日)=260日(労働日)
- 260日(労働日)×8時間(労働日1日の労働時間)=2080時間(1年の総労働時間)
- 最低賃金が800円なので、2080時間(1年の総労働時間)×800円(最低賃金)=1,664,000円(年収)
- 1,664,000円(年収)÷12ヶ月=約138,667円(平均月収)
- 実際の労働日は。3月、5月、8月は23日で147,200円(月収)。1月、6月、10月、11月は22日で140,800円(月収)。7月、9月、12月は21日で134,400円(月収)。2月、4月は20日で128,000円(月収)。
- 800円(最低賃金)÷60分(1時間)=13円33銭3厘3毛…(最低分給)
- 8時間(労働日1日の労働時間)×800円(最低賃金)=6,400(1日の日給)
- 約2087.20時間(1年の平均法定労働時間)×800円(最低賃金)=約1,669,760円(平均年収)
- 約2087.20時間(1年の平均法定労働時間)×800円(最低賃金)×45年(15歳中学卒業、就職~60歳定年)=約75,139,200円(生涯賃金)
- 時間外、休日及び深夜の割増賃金
- 1日8時間である法定労働時間以上の時間外労働。もしくは、1週間の合計法定労働時間40時間以上(時間外労働は合算しない)の時間外労働→2割5分以上の割増賃金{800円(最低賃金)+(800円(最低賃金)×0.25(割増率)以上)=1000円以上(最低賃金+割増賃金)}
- 時間外労働が36協定の限度時間(1週間15時間、2週間27時間、4週間43時間、1か月45時間、2か月81時間、3か月120時間、1年360時間。1年単位の変形労働時間制を採用している場合1週間14時間、2週間25時間、4週間40時間、1か月42時間、2か月75時間、3か月110時間、1年320時間。特別条項付の36協定を結ぶことにより年間で6ヶ月以下なら限度時間を超えることができる)を越えたときは、2割5分を超える率に制定する努力義務が発生する。
- 午後10時から翌日午前5時までの間。もしくは厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後11時から午前6時までに労働する深夜業→2割5分以上の割増賃金{800円+(800円×0.25以上)=1000円以上}
- 法定休日労働→3割5分以上の割増賃金{800円+(800円×0.35以上)=1080円以上}
- 法定休日には法定労働時間が存在しないため、時間外労働に対する割増賃金は発生しない。
- 延長して労働した時間が1箇月について60時間を超えた分(60時間1分以上)の時間外労働→5割以上の割増賃金{800円+(800円×0.5以上)=1200円以上}
- ただし、2019年4月1日までは中小企業への猶予措置がある。また、適応される場合にも60時間を越える時間外労働について5割中、2割5分の割増賃金の代わりに労使協定によって有給の代替休暇をあてる事も出来る。この場合、労働者が実際に有給の休暇を取得しなかった場合には、本来の50%割増賃金を支払う必要がある(例:60分×0.25(割増)以上=15分以上。代替休暇は1日又は半日単位で、60時間を超える法定時間外労働があった月の末日の翌日から2ヶ月以内の期間)。
- 1日8時間である法定労働時間以上の時間外労働。もしくは、1週間の合計法定労働時間40時間以上(時間外労働は合算しない)の時間外労働→2割5分以上の割増賃金{800円(最低賃金)+(800円(最低賃金)×0.25(割増率)以上)=1000円以上(最低賃金+割増賃金)}
業種 | (1)資本金の額または出資の総額 | (2)常時使用する労働者数(企業全体) |
---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1 億円以下 | 100人以下 |
その他 | 3 億円以下 | 300人以下 |
※業種は日本標準産業分類による、(1)(2)とも該当無しなら大企業[185]。
- 重複して加算する割増賃金
- 時間外労働が深夜業となった場合→2割5分(時間外労働)+2割5分(深夜業)=合計5割以上の割増賃金{800円+(800円×(0.25以上+0.25以上))=1200円以上}
- 法定休日労働が深夜業となった場合→3割5分(休日労働)+2割5分(深夜業)=6割以上の割増賃金{800円+(800×(0.35以上+0.25以上))=1280円以上}
- 延長して労働した時間が1箇月について60時間を超えた分(60時間1分以上)の時間外労働が深夜業となった場合→5割(60時間超の時間外労働)+2割5分(深夜業)=7割5分以上の割増賃金{800円+(800×(0.5以上+0.25以上))=1400円以上}
- 前出の法定労働時間に加え。1年の内6か月を限度時間を越え過労死ラインである80時間の時間外労働、6か月を1か月の限度時間である45時間の時間外労働をした場合。
- 60時間(時間外労働)×{800円(最低賃金)+(800円(最低賃金)×0.25(時間外労働割増率)以上)}+20時間(60時間超時間外労働)×{800円(最低賃金)+(800円(最低賃金)×0.5(60時間超時間外労働割増率)以上)}=60,000円以上(時間外労働残業代)+24,000円以上(60時間超時間外労働残業代)=84,000円以上(残業代合計)
- 中小企業への猶予措置が適応される場合、80時間(時間外労働)×{800円(最低賃金)+(800円(最低賃金)×0.25(時間外労働割増率)以上)}=80,000円以上(時間外労働残業代)
- 45時間(時間外労働)×{800円(最低賃金)+(800円(最低賃金)×0.25(時間外労働割増率)以上)}=45,000円以上(時間外労働残業代)
- 84,000円以上(残業代合計)×6か月+45,000円以上(時間外労働残業代)×6か月=504,000円以上+270,000円以上=774,000円以上(年間残業代合計)
- 中小企業への猶予措置が適応される場合、80,000円以上(時間外労働残業代)×6か月+45,000円以上(時間外労働残業代)=480,000円以上+270,000円以上=750,000円以上(年間残業代合計)
- 1,664,000円(年収)+774,000円以上(年間残業代合計)=2,438,000円以上(時間外労働した場合の年収)
- 中小企業への猶予措置が適応される場合、1,664,000円(年収)+750,000円以上(年間残業代合計)=2,414,000円以上(時間外労働した場合の年収)
[186][187][188][189][190][191][192][193][194]
イギリス
イギリスの最低賃金は、全国最低賃金法 (National Minimum Wage Act)(1998年)によって定められている。なお、イギリスは判例法(コモン・ロー)が重要な役割を担っており、制定法は補助・追認的な位置づけとなっている。
歴史的経緯
[195][196][197]
労使自治の原則が労使関係に浸透していたイギリスでは、政府による賃金政策は、あくまで労使間の合意による賃金決定を補完するためのシステムとして位置づけられてきた。その最初の形は、庶民院における1891年の「公正賃金決議」 (Fair Wage Resolution)で、これは政府が民間から財・サービスの調達を行う際に、競争に参加する企業に対して当該産業における労使合意に基づく賃金水準か、もしこれがなければ、標準的な賃金相場の順守を求めるものであった。
この決議の背景は、1873年から 1896年にかけての大不況による非熟練労働者の貧困と、1886年から1887年のロンドンにおける失業者の暴動、1888年のマッチ女工の争議、1889年のドック労働者のストライキならびに社会主義運動の高まりによって、低所得労働者層における貧困が社会問題として表面化していた。当時のイギリス労働者の生活水準を示したチャールス・ブース(Charles Booth)のロンドン調査(The Life and Labour of the People of London)では、全体の 8.4%が極貧(very poor)で、22.3%が貧困(poor)、合 わせて 30.7%が貧困以下とされた(1886年からロンドン住民の家計調査を行い、A~H の8クラスに格付け、A と B を極貧(the very poor)、C と D を貧困(the poor)と分類した。五人の標準家族がぎりぎりで生活するのに十分な家計所得(週当たり18~21シリング)を貧困(poor)とし、それを下回ると極貧(very poor)とみなした。ブースは、貧困は生活必需品を得るための戦いの下での生活であり、極貧は慢性的な状態での生活であると述べた。)。この調査は、社会に非常に大きなインパクトを与えた。その後のシーボーム・ラウントリー(Seebohm Rowntree)のヨーク調査(『Poverty, A Study of Town Life』)では、27.84%が貧困 (poverty)の中で生活しており、賃金労働者階級に限ると 43.4%とより高い率となる(ラウントリーは、1899年にヨ―クの1,500 世帯(人口75,812)の調査を行なった。彼は、世帯を A~G の7クラスに分けるのなどブースと類似した分類方法をとりながら、それに加え、彼によってはじめて用いられた「貧困線」の概念に基づいて分類した。彼は「その収入が単なる肉体的能力維持の最低限の必要を確保するのに不十分な世帯」を第一次貧困(primary poverty )とし、「その収入が他の消費にあてられない限り単なる肉体能力維持には一応十分な世帯」を第二次貧困(secondary poverty)と位置付けた。ここでとられた貧困線は、五人の標準家族の場合、生活費の60%が食費で、衣食住以外は5%も満たない生存ミニマムであった。)。これらの調査による貧困の原因は、失業、世帯主の死亡、低賃金、不安定雇用などであって、多くは非熟練労働者・日雇労働者あるいは苦汗労働者、女性労働者などであった。なかでもとくに注目されるのは、低賃金、長時間労働、非衛生的労働環境の三つをその特質とする、苦汗産業(sweated trades)の劣悪な労働条件下で働く者がその多くを占めていたことである。
苦汗産業には、ドレス・シャツ・背広などの衣服仕立、レース製造、製靴、紙箱製造、鎖・釘製造等々がある。1900年頃に女性労働者は全労働者の3分の1を占めていたが、その大部分が典型的な苦汗産業である家内工業に従事していた。これらの調査は、従来の貧困に対する社会的通念を裏返すものであった。つまり、貧困を個人の道徳的欠陥に基づくものではなく、資本主義経済のつくりだす構造的な要因によるものであることを明確にしたのである。
労働者階級の3割以上の持続的な貧困の存在と未組織・非熟練労働者、とりわけ既婚女性労働者の劣悪な労働条件が確認されてから、これら苦汗労働問題の解決を求める世論が沸騰し、政府も解決の糸口を探さなければならなかった。
このような社会的状況を背景に、苦汗労働の実態を調べるための苦汗労働上院特別委員会(Select Committee of the House of Lords on the Sweating System 、保守党の Dunraven卿を委員長として、保守党、自由党同数の委員から構成され、約16カ月にわたって苦汗労働の証人調査を行った。)が1888年に組織され、五万ページにのぼる膨大な証言集と五つの報告書が提出された。同委員会はその報告書において、苦汗労働を、(1)なされた労働に対して不当に低い賃金、(2)過度の長時間労働、(3)非衛生的な作業場状態、という三つの害悪と特徴つけ、その実態を明らかに した。しかし、この委員会の示唆したのは、衛生状態においては工場法(Factory and Workshop Act 1878)と公衆衛生法(Public Health Act 1875)の改定による適用対象の拡大だけであり、低賃金と長時間労働に関しては協同組合(co-operative societies)の拡張や労働者の間における団結の成長によって改善されるということにとどまっていた。結局、同委員会の報告書は、「公正賃金決議」を勧告したにとどまり、レッセフェールの原則を修正することはなかった。
そして、より広範な最低賃金制度の設置に向けた取り組みが、社会改革論者のウェッブ夫妻を中心に1890年代から進められた(オーストラリアで先んじて最低賃金制度が導入されていたことが、イギリスにおける導入を後押ししたという。なお当時は、i)最低限の生活を営むために必要な水準の確保、ii)男女の役割の別から、男性は家族の扶養を前提とした賃率、女性は単身の生活の維持に相応しい水準の賃率として、男女間に差をつけるべきことが主張されていた。)。また、ウェッブ夫妻を中心としたメンバーで構成された全国反苦汗労働連盟(National Anti-Sweating League:ASL)や女性労働者の労働条件を改善するために作られた婦人労働組合連合(Women’s Trade Union League)をはじめとする社会的な反発と、粘り強く最低賃金法案を国会に提出し続ける議員らの活動(例えば、1898年にはじめて最低賃金法案を起草した自由党議員 Dilke 卿は、1900年から1906年にかけ て毎年議会に法案を提出し続けた。)、1906年の自由党の政権獲得などが相まって、再び下院特別委員会が設けられ、ついに1909年にチャーチル卿(Sir W. Churchill) が労働者保護に対する社会情勢の高まりに対応して,縫製業などの低賃金業種における強制的賃金決定機構の法案を提出し、同年に産業委員会法が制定された。そして1911年、これに基づく産業委員会(Trade Boards:公労使三者構成)が、設置されるに至った。
しかし、一連の制度が対象としたのは、賃金水準が特に低い複数の産業部門(当初はその適用対象を紙箱製造業、レースとネットの製造および修理、鎖製造、既製や卸売オーダーメイド仕立て業の四つの苦汗産業に限定した。これら対象となった4業種の労働者数は当時40万人であった。)のもっぱら低賃金かつ劣悪な労働環境に置かれた、いわゆる苦汗労働者だった。また、産業委員会による賃金決定がうまくいかない場合、振り子式仲裁のように経営者側か労働者代表のどちらか一方に賛成する投票がおこなわれ、産業委員会はその投票結果に基づいて経営者に命令をおこなった。イギリス労使関係は多くの面においてボランタリズムに基づいて運営されているが、国家による強制的な賃金決定過程においても、労使双方の代表が「無理な要求」をしないような仕組みを準備し、労使の自主性を重視したのである。その後,賃金委員会は団体交渉がおこなわれていない製造業部門にも拡大し、1920年には23の新しい賃金委員会が設置され、全労働者の15%に相当する300万人の労働者が対象となった。また、産業委員会は、これらの産業で適切な労使関係が醸成され、賃金交渉が自律的に行われるようになるまでの経過的なシステムとして考えられていたという。しかし、労働組合によるこれら産業の組織化は進まず(当時の労働組合は、苦汗産業で組織化が進まなかった要因の一つとして、産業委員会あるいは賃金審議会による一定の賃金水準の保障がある場合、労働者の労働組合への加入のインセンティヴが薄れるためと考えていた。このことが、最低賃金額の設定が実質的な賃金(賃上げ)の上限として働いてしまう可能性とあいまって、労組が最賃の制度化に反対する主な理由となった。)、結果として特に戦後、同種の組織の設置はむしろより多くの産業に拡大することとなった。
そして,低賃金業種への労働者の流入を目的とした1945年賃金審議会法により、賃金審議会(Wages Councils)と改称された。これらの組織は、最低賃金額以外にも有給休暇や手当額の設定に関する提案の機能を新たに付与され、特に低賃金労働者が多い一部の産業について、最低賃金を定めた。賃金審議会は経営者組織と労働組合から指名された同数の代表と雇用大臣によって任命された3名以内の中立委員によって構成され、中立委員の1人が議長となる。賃金審議会の決定は単なる決定ではなく、裁判所によって強制される権限をもっていた。さらに1975年雇用保護法によって、審議会自体が「規制命令」を発することが認められるとともに、その命令は労働条件全般を対象とすることができるようになった。[198]
賃金審議会は民間サービス業とりわけ小売業、ホテル・接客業、縫製業(この3つの業種が,対象労働者の90%以上を占めている。)を中心に対象労働者を拡大した。大部分の民間サービス業では、職場に労働組合が存在しないか、また存在する場合にも団体交渉をおこなうだけの力をもっていないので、賃金審議会が産業レベルの賃金規制をおこなったのである。賃金審議会の対象労働者は、1948年には350万人(全労働者の18%)に達し、1960年代までほぼ同水準の高い対象率であった。しかし,賃金審議会は団体交渉ができない場合の代替機能を果たす機構であると考えられていたので、団体交渉の確立とともに1950年代後半には一部の賃金審議会は廃止され、また従前に賃金審議会が存在していなかった業種では1956年以降新しく設立されることはなかった。賃金審議会に関して、クレッグ(H.A.Clegg)は、「賃金審議会が監督している民間サービス業においては、最低賃率に上乗せするか、独自の賃金体系を工夫するかして、使用者が法定最低賃率を超えて支払う自由がある点では、今も昔も変わらない。この審議会の使用者側を代表している使用者団体は、その会員に法定賃率を守らせる試みもあってしかるべきであるが、かつてそれを実行したことがあるとは思われない」と述べている。すなわち,賃金審議会の対象者が多い民間サービス部門において、経営者団体および経営者が最低賃率に上乗せすることはほとんどないというだけでなく、最低賃率すら守られないことが常態化していたのである。このような実態から、賃金審議会は経営側にとって有利で好ましい機能を果たしてきたといえる。賃金審議会による最低賃率が実際上の賃金の上限を設定し、賃金の上昇を抑える機能を果たしてきたのである。さらに、賃金審議会によって強制的に最低賃率が設定されるため、職場に賃金交渉に対する安心感と無力感が漂い、労働組合の必要性が薄まり、労働者の連帯感が育成されないという図式が維持されてきたのである。
そして、1970年代のイギリス政府はコーポラティズムと社会的コンセンサスを基本とする政策を展開した。所得分配に関して、政府は低賃金層のために積極的に介入し、賃金上昇が非難されるような高賃金層には制限をおこなった。しかし、1978-79年の「不満の冬」にストライキが急増したとき、労働組合は賃金交渉において政府介入を受け入れることはできなくなっていたし、政府も過去20年間おこなってきた所得政策を放棄なければならないと感じていた。このような状況で政権に就いたサッチャー政府は、市場の操作に対して幾つかの制度的規制を緩和することによって、強いイギリス企業を復活させ、経済再生を促進することを目標とした。具体的には,サッチャー政府は公共部門の非国営化、団体交渉と全国的協定の縮小、外国企業への優遇補助による国内投資の増加、労働市場の規制緩和、労働組合 の権利を制限する労働立法、組合活動の規制などをおこない、コーポラティズムと社会的コンセンサスを拒絶したのである。賃金に関していえば、政府の目的はさらに明確であり、法律的な制限を取り払い、賃金決定を市場原理に任せようとした。コーポラティズムと社会的コンセンサスを放棄したサッチャー政府にとって、強制的賃金決定機構である賃金審議会は市場原理を阻害するだけの存在であり、その対象と機能を大幅に縮小する必要があった。政府は賃金審議会の審議過程に様々な圧力をかけただけではなく、1980年から81年にかけて賃金監視官(wage inspector)の数を3分の2に減らし、賃金審議会の賃金監視機能を実質的に無機能化させた。さらに、サッチャー政府は1986年賃金法(Wages Act)を成立させ、以下のように賃金審議会の対象と権限を大幅に縮小した。
- ①賃金審議会の決定は21歳未満の労働者には適用されない。
- ②賃金審議会の権限は基本的な時間給と1つの特別給を設定するだけに限定される。
- ③賃金審議会は自ら設定した賃金の影響を考慮しなければならない。
- ④賃金審議会の対象の廃止または変更のための単純化された手続きが導入され,特にその権限は国務大臣に与えられる。
しかし、経営側は1986年賃金法による賃金審議会の権限縮小では不十分と考え、労働市場の更なる自由化を求めて、賃金審議会の廃止を要求した。経営側は賃金決定に関して賃金審議会の機能よりも労働市場の機能の方が有利に働くと判断したのである。経営側のこのような要求に対応するように、雇用省も1988年12月に賃金審議会制度の廃止提案に関して意見を求める協議文書を発表し、賃金審議会廃止の土壌作りを始めた。そして,1993年労働組合改革・雇用権利法(Trade Union Reform and Employment Rights Act, TURERA)第35条は、イングランド・ウェールズとスコットランドの2つの農業賃金審議会(Agricultural Wages Board)を除く、26の賃金審議会のすべてを廃止した。その結果、全労働者の11%に当たる250万人の低賃金労働者と37万5000の事業所が賃金決定機構を失うこととなった。
最終的に、保守党政府によって1993年に廃止されるまで、審議会の対象産業・職業分野における最低賃金を決定してきたが、その存在意義や実効性については、前述したクレッグの発言を含めて従来から疑問の声もあった。一つには、設定される賃金水準が抑制される傾向にあったため、次第に平均的賃金と乖離したことがある。労働党政府は1974 ~1979年の制度改革において、賃金審議会から公益委員を除いた「法定合同産業審議会」(Statutory Joint Industrial Council)を設置するなど、労使による団体交渉を通じた賃金決定に移行するための措置を行ったが、普及しなかった。また、履行確保の措置が実質的にほとんど行われておらず、また罰則も事実上ほとんどなったことも、同制度が存在感を主張できなかった理由だった。
保守党政府は廃止の理由として、
- ①対象労働者は貧困というわけではないので、賃金審議会の設定した最低賃率は貧困をほとんど緩和しない。すなわち、賃金審議会の対象労働者の80%は少なくとも2つ以上の所得で生活している。
- ②賃金審議会の最低賃率は対象産業の雇用を減少させる。すなわち、賃金審議会が企業に支払い能力以上の賃金を強要した場合、企業は雇用を削減する。
- ③賃金審議会は時代遅れである。強制的賃金決定機構が設置されたのは過去の問題に対してであり、今日的な労働市場においては適切ではない。すなわち、強制的賃金決定機構は労働権、安全・衛生法、社会保障などがなかった1900年代初頭に設立されたのであり、1990年代には果たすべき役割はない。
を主張した。
この後、全国最低賃金制度が設置される1999年までの間、政府による賃金規制のない時期が続き、この間、低賃金層の雇用者に占める比率は急速に増加したが、賃金審議会の廃止が低賃金層の雇用拡大に結びついたという明確な証拠は得られていないという。(当時、使用者団体の英国産業連盟(CBI)も賃金審議会の廃止に反対していた。その理由は、審議会廃止により労使関係が悪化して労働者が過激な組合活動に走ることや、労組側が全国最低賃金法を支持することへの危惧だったという)[198]
一方、労働組合側は1970年代には、団体交渉の拡大が賃金審議会を代替すると考えており、全国一律に適用される制度は云うに及ばず、政府による賃金規制自体に懐疑的だった。これには、賃金審議会の決定する最低賃金額が甚だ低かったことや、履行確保の体制が不十分であったことなども一因といわれる。しかし1980年代に入って、経済のサービス化や政府による反組合的政策の影響などから、労組が弱体化し、未組織の非正規労働者の増加にともない賃金格差が顕在化するなどの状況が発生していた。傘下の労働組合の間(特に、経済のサービス化で非正規労働者が増加する以前から賃金水準が低かった公共部門)には、すでに1970年代から、既存の賃金決定システム(すなわち自律的労使交渉ならびに賃金審議会による規制)が低賃金部門における妥当な賃金水準の確保のために機能していないとして、政府による介入を支持する産別もあったといわれるが、ナショナルセンターの英国労組会議(TUC)が、賃金審議会に関して従来の見解を訂正したのは1982年になってからだ。機械工や運輸部門など、当時まだ相対的に強い交渉力を有していた傘下組織を中心に、多くの労働組合の間では政府による賃金規制に関して消極的な意見が未だ一般的だったという。ようやく1986年に、これらの労組が従来の見解を転換したことを受けて、TUCは、全国的最低賃金の支持を公式に表明、労働党もこれを政策目標に掲げるに至った。
労働党は当初、最低賃金額を「所得の中央値の5割」で固定する方式を採用、1992年の総選挙でもこれを主張したが、失業状況が悪化する中で、保守党の「最賃制度の導入は、雇用に対する悪影響を及ぼす」との主張や、広範な企業からの反対に効果的な反駁ができず、選挙にも敗北を喫した。当時、労働党の雇用担当広報官だったトニー・ブレア(1994年に党首に選出)はこの結果をうけて、労使などのソーシャル・パートナーで構成される低賃金委員会の提案に基づいて最賃額の決定を行うシステムへの方針転換を決めた。TUC などは「中央値の5割」方式にこだわったが、労働党の説得により最終的に支持にまわった。
1997年に総選挙に勝利して、トニー・ブレアを党首とする労働党政権が成立した後、労働側の強い要望を受けて,全国最低賃金制度の導入を目的とした経営者、労働者、学識経験者の三者によって構成される低賃金委員会(Low Pay Commission,LPC)を1997年7月に設置した。同評議会(LPC)の主な任務は、1998年5月末までに最低賃率とその対象範囲について報告書を作成することであった。そして、この報告書に基づいて、全国最低賃金法(National Minimum Wage Act)が1998年7月に制定(1999年4月実施)された。20世紀初頭から約90年間、賃金委員会と賃金審議会の存在が低賃金業種における最低賃率を支えてきたが、すべての産業部門を対象とする最低賃率が導入されたのはイギリス労働政策史上初めてのことである。全国最低賃金法は,LPCの答申通り,最低賃率を時給£3.60とした。また、18歳未満の労働者と入職1年目の26歳未満の労働者は対象範囲から除外され,18歳から21歳までの労働者は時給 £3.00に減額(2000年6月からは£3.20)された。新規採用者は最初の6ヶ月間は訓練期間とみなされ、時給£3.20となった。そして、最低賃金制度の根拠法にあたる 1998年全国最低賃金法と、制度実施に関する具体的な規則を定める1999年全国最低賃金規則が相次いで成立、これに基づいて、イギリスでは初めて、全国・全産業一律に適用される全国最賃制度が1999年4月より導入されることとなった。[199]
政府の最低賃金制度導入の意図は大きく二つある。
- ひとつはもちろん低賃金層の賃金水準の適正化により貧困問題に対応することで、これには1993年の賃金審議会の廃止以降に低賃金層の賃金水準が顕著に低下し、賃金格差が拡大したことが重要な要因となっている。とりわけ、1990年代までにかけて戦後最悪といわれるほど急速に増加した貧困家庭の児童の問題(家計所得が平均の 50%未満の家庭の児童の比率をみるもの。この比率は、1960~1970年代を通じて 10%前後で安定していたが、1990年代末には25%と著しく増加している。当時の財相であったブラウンは、児童の貧困(child poverty)の問題を重視していたという。)が念頭に置かれていたという。
- 財政上の問題も政府の制度導入の強い動機になっている。保守党政府が1988年に、就労連動型の給付制度(in-work benefits)として導入した家族税額控除(Family Credit)は、一定時間以上の就業を条件に所得補助(税還付)を行う制度で、貧困層の就労促進や貧困児童の問題を緩和する効果があったといわれる。しかし、賃金水準の下限が撤廃されたことにより、多くの雇い主が従業員の賃金を抑制して、この給付制度を最大限利用させるという傾向を生んだという。結果、受給者の拡大とともに、財政負担が急激に増加したため、妥当な水準の賃金の支払いを、応分の負担として企業に課すことが最低賃金制度導入の重要な目的として示された。(労働党の1997年の総選挙のマニフェストは、賃金水準の下限を設定することの必要にふれ、納税者が間接的に企業を助成していることになる、社会保障給付費用40億ポンドの相当部分が、最賃制度の導入によって削減されるだろう、としている。また、低賃金委員会における制度導入時の最賃額の提案に際しては、生活賃金としての賃金水準はさほど議論にならなかったという。これは、可処分所得の相当部分が、賃金所得以外の各種給付からきている点を考慮したことによる。また関連して、生活の維持に必要な賃金水準は、家族構成などによって様々に異なるため、一律に適用される最低賃金でその多様性に対応するのは難しいと考えられたことも一因となっている。) 現行の全国最低賃金制度は、原則ほぼすべての産業および地域を一律の最低賃金額でカバーし、また自営業者のうち従属的な就業形態の者も新たに適用対象に含める、といった適用範囲の広さにおいて、従前の賃金審議会制度と大きく異なる。
他には、生産性向上による企業競争力強化を促すことである。具体的には、企業競争力は経営環境、資本投資、生産性、技術革新、製品の品質、営管理、労使関係などにかかっているが、一部の企業とりわけ中小企業では、低賃金を条件に競争している。しかし、企業競争力を低賃金に依存することは賃金と労働条件の下方への連鎖を引き起こし、労使双方にとって損害である。すなわち、低賃金は労働者のモラルを低下させ、技能・技術の向上を阻害し、結果的に低い業績、低い生産性しかもたらさない。したがって、全国最低賃金制度の導入は労働者のモラルを回復させ、生産性を上昇させ、企業競争力を強化することになると低賃金委員会では述べている。同委員会は、賃金の競争優位性を保つために賃金の引き下げ競争がおこなわれるような職場に対しては、否定的な立場をとっている。しかし、その立場は企業競争力を強化することに重点が置かれている。全国最低賃金制度の導入による中小企業の競争力に対する影響を十分に配慮し、企業競争力を強化するという条件の下での導入を計画していたのである。
2004年からは、義務教育修了(16-17歳)への最低賃金が定められた。また2010年10月から一般向け額の対象年齢の下限を22歳から21歳に引き下げている。[200]更に2016年4月に全国生活賃金導入の際、既存の全国最低賃金制度から、25歳以上層に適用する加算制度を設けた。全国最低賃金制度導入の際、低賃金委員会への諮問は行われず、財務省により水準が設定された。また従来とは異なり、2020年までに統計上の平均賃金の6割の水準に達するよう改定を行うことが目標として示されている。但し導入後の改定については、通常の最低賃金額と併せて低賃金委員会に諮問されることとなった。[201]
決定方式
最低賃金の額は政府(国務大臣が決定するとしており、担当大臣は特定されていない。現在はビジネス・エネルギー・産業戦略省(2016年7月まではビジネス・イノベーション・技能省)が公表)が決定する。事実上の慣行として、毎年、低賃金委員会への諮問の上、ほぼ委員会勧告通りの改定を行い、政令で公布(改定の時期や頻度については規定がなく、低賃金委員会への諮問も義務ではない。)。[202]
低賃金委員会は、勧告に当たり、「全国最低賃金法が英国経済全体およ びその競争力に与える影響に配慮し、かつ政府が問題を付託する際に特定した付加的要素について考慮しなければならない」(全国最低賃金法第7条第5項)と規定されている。実際には、賃金審議会(1993年廃止)の最低賃金額の影響、他国の法定最低賃金の賃金再分配率のデータ、国内の低賃金産業において実際に支払われた賃金のデータ、最も影響を受ける産業を代表する団体の見解、賃金格差およびマクロ経済への影響に関する経済学者の評価、国家統計局の時間収入年次調査等を考慮する。[202]
低賃金委員会:労働者側委員、使用者側委員、有識者委員からなる三者構成の諮問機関。低賃金委員会は全国最低賃金法に基づいて設置され、時間当たりの最賃額のほか、参照期間(支払われた賃金が最賃額の水準を満たしているかの算定に用いられる期間。通常は賃金が支払われる間隔を指し、一カ月を上限に、それより短い場合はその期間。)の設定、最賃額算定の対象となる賃金の範囲、適用除外とすべき労働者の種類など、またこれ以外に大臣が必要と認めて諮問する事項の検討を行うべきことが定められている(全国最低賃金法5 ~ 6 条)。人数は、委員長および委員8名の計9名で構成される。労使同数の規定はなく、1997年の発足時には公益委員の委員長以下、公益2名と労使各3名で構成されていたが、現在は、委員長が使用者側から任命されている。なお、廃止前にあった賃金審議会も公労使三者構成という点では同様だが、労使間で合意に至らない場合に事態を収める方法として、公益委員は使用者側に賛同することが専らであった。現在の低賃金委員会の内部での議論については、議事録等は公表されていないが、委員はなべて協調的な関係にあったという。なお、これも法的規定に基づくものではないが、委員はそれぞれの出身組織の利害を主張するのではなく、それぞれ公労使を代表する個人として委員会に参加していた。また、委員会が諮問に定められた期間内に最賃額を提案することができない場合、担当大臣が独自にこれを決定することができる(全国最低賃金法7条)。[195]
2019年4月現在、時給8.21ポンド(25歳以上)、時給7.70ポンド(21‐24歳以上)、時給 6.15 ポンド(18-20歳)、時給 4.35 ポンド(義務教育を終えた18歳以下)である。[203]
減額・適用除外
適用除外[202]
- 軍隊所属者
分益漁師(漁業に従事し、漁船の利益の配分を受けている漁師)- ボランティア労働者
- 宗教団体の住み込み労働者
- 受刑者
- 無報酬労働に従事することで罰金を免除される者
- 住み込み外国人
- 家族経営事業に従事する家族
- 特定の訓練に従事する者
労働者育成の観点から、就業後訓練を行っている間は、最低賃金が減額される。
「これは、16-17歳は完全な労働力というよりは職業生活の準備をしており、労働市場の中で異なる区分を形成しているという我々の見解を反映したもの」[2]より引用
その後、若年労働者を使用者の搾取から守るという観点から制度の改定が行われている。
履行保証
最低賃金制度は、ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy and Industrial Strategy:BEIS)が所管し、その執行は、財務省の外局(non-ministerial department)である歳入関税庁(Her Majesty's Revenue and Customs:HMRC、旧内国歳入庁)に委任され、最低賃金監督官 (National Minimum Wage Compliance Officers) が行う。[204]
権限の法令根拠は、全国最低賃金法14条などによる。
履行確保を所管する歳入関税庁は、国内に16チーム、計80名の監督官(compliance officer)を設置、ヘルプライン(電話)や郵便、ウェブサイトを通じて、最賃違反に関する申し立てや通報をうけて、雇用主に対する立ち入り検査を行う。事業主には、従業員の労働時間や賃金支払いの記録について最低3年の保持が義務付けられており(全国最低賃金法9 ~ 11条および最低賃金規則38条) 、監督官は立ち入り検査に際して、この記録や必要な情報の開示とコピーの取得、またそれについて説明を求め、これらを実施する必要に応じて事業所内の任意の場所に立ち入るなどの権限を付与されている(全国最低賃金法14条)。なお雇用主に対して、従業員から請求があった場合も同様に記録の開示が義務付けられている。[195]
検査の結果、違反が認められた場合は、監督官は雇用主に対して履行通告を発行し、最低賃金の支払いと、最長で過去6年分まで遡及した未払い分の賃金の支払いを命ずることができる(全国最低賃金法法19条) 。雇用主が支払い義務を履行しない場合は、監督官は罰則通告(違反の対象となる労働者一人当たりにつき、履行通告からの日数に最賃額の2倍を乗じた罰金を科す旨の通告)を発行する(これに対して、雇用主は28日以内に雇用審判所(Employment Tribunal)等に異議申し立てを行うことが認められており、雇用審判所は相応の理由があると判断した場合、通告を撤回させることができる(全国最低賃金法法22条))。[195]
これらの手続きによって解決がみられない場合、監督官は雇用審判所もしくは民事の裁判所に訴訟を提起するか、あるいは悪質な雇用主(以下の場合、刑事罰に問われ、それぞれについて最高で 5,000ポンドの罰金が科される:①最賃額の支払い拒否もしくは故意の不履行、②労働者に関する記録の保持を怠る、③改ざんされた記録の保持、④改ざんされた記録や情報の提供、⑤監督官に対する意図的な妨害、⑥監督官に対する情報提供の拒否もしくは不履行。)に対しては、賃金不払いとして刑事訴追を行うことができる(全国最低賃金法31条)。なお、労働者が直接、雇用審判所あるいは裁判所等に訴え出ることもできる。なお、イングランドおよびウェールズ、スコットランド、北アイルランドでは、司法制度にかかわる組織名称等が若干異なるが、基本的には同等の手続きによる。また、雇用審判所への申し立てに際しては、助言斡旋仲裁局(Advisory, Conciliation and Arbitration Service)がまず斡旋に努めるべきことが定められて いる。[195]
いずれの場合においても、違反がないこと(例えば、自営業者とみなされて最賃未満の報酬を受けていた労働者が、「本来の」自営業者にあたること)を証明する責任は雇用主(雇用関係にない場合は発注者)にあることが法律で定められている。また労働者には、訴訟を理由に不利益な取り扱いを受けない権利が保障されている。なお、、「本来の」自営業者とは、「あらかじめ定められた料金を受け取ることで、特定のサービスや任務を遂行するという契約のもとで働く者」のこと。具体的には、歳入関税庁に「自分の収支を提出し、税金や国民保険料の支払いを自分の勘定として支払い、付加価値税(VAT)を登録し、仕事に必要な道具や設備を自分で所有し、いかなる他の個人からも命令や指導される立場にない者」を指す。[195]
HMRCによる2015年度の年間の検査実施件数は2,667件であった。2009年の罰金制度導入以降、年間の罰金額の合計は増加傾向にある。また2015年の罰金額は1,679,240ポンドであった。一方、違反事業主に対する刑事訴追の件数は、1999年から2016年2月までの間で9件にとどまる。National Audit Office (2016)によれば、BEISとHMRCはともに、制裁措置として起訴を用いるには慎重な立場をとっている。これは、最終的受益者である労働者が、裁判にかかる長い期間、未払賃金の回収を待つこととなり、またもし裁判の結果として企業が倒産に追い込まれた場合、回収自体が不可能になる可能性があることによる。[204]
飯田泰之は「最低賃金規制をした場合、企業側はほとんど守らない。工夫をして事実上の最低賃金以下の雇用を行おうとする。表面上は守られているとされる日本の最低賃金の遵守率は、実質はかなり低い。サービス残業などを活用しどこも守っていない」と指摘している[205]。
最低賃金以下及び生活賃金未満の労働者に関するデータ
なお2018年時点で、最低賃金以下で働いている16歳以上の労働者の割合は、約1.6%(約44.1万人)であった。具体的な内訳は以下となる。[206]
- 年齢別 16~17歳は約2.2%(0.8万人)、18~20歳は約2.6%(約2.8万人)、21~24歳は約1.8%(約3.6万人)、25歳以上は約1.5%(約36.9万人)
- 性別 男性は約1.2%(約16.9万人) 女性は約1.9%(約27.2万人)
- 地域別 イギリス北東部:約2.0%(約2.2万人)が最も高く、北アイルランド:約0.8%(約0.7万人)が最も低い。
- パートタイムは約2.7%(約21.8万人)(男性:約2.6%[5.5万人] 女性:約2.7%[約16.3万人])、フルタイムは約1.1%(約22.3万人)(男性:約1.0%[約11.4万人] 女性:約1.4%[約10.9万人])
- 産業別 宿泊・飲食サービス業が約3.7%(約6.3万人)と最も高く、これに続いて、その他サービス業:約3.0%(約1.5万人)、卸売・小売業並びに自動車及びオートバイ修理業が2.5%(約10.5万人)、芸術・娯楽及びレクリエーションが約2.1%(約1.3万人)と続いている。
- 職種別 運搬・清掃・包装等従事者が約3.5%(約11.5万人)が最も高く、続いて、営業及びカスタマーサービス従事者約3.0%(約7.2万人)、ケア、レジャーおよびその他のサービス職業従事者が約2.8%(約7.6万人)と続いている。
また、2018年時点で、生活賃金(最低限の生活水準の維持に要する生計費から、必要な賃金水準を設定したもの)未満の労働者は、約575万人で、全体の約22%を占める。
- 雇用形態別 フルタイムの場合は約250万人(男性:約130.0万人 女性:約120.0万人)で、フルタイム全体の13%(男性:約11% 女性:約16%)を占めている。それに対して、パートタイムの場合は約320万人(男性:約95.0万人 女性:約230.0万人)で、パートタイム全体の43%(男性:約47% 女性:約41%)を占めている。
- 年齢別 若年層が多く、18~21歳の約68%(約83.4万人)が生活賃金未満であると推計されている。また、同じ年齢層でも男性は約58%に対して、女性は約71%である。
- 職種 人数では、販売補助や小売店のレジ係(約75.6万人[約64%])、キッチンスタッフ(42.9万人[約75%])、未熟練の清掃職種(38.7万人[約69%])が多い。比率では、バーのスタッフ(約86%[約13.8万人])、ウェイター・ウェイトレス(約81%[約17.0万人])、クリーニング職(約80%[約1.4万人])が多い。[207]
なお、時間当たりの生活賃金の金額は2018年10月末時点で、ロンドンで10.55ポンド、ロンドン以外の地域では9.00ポンドである。[208]ロンドンとそれ以外の地域の差額は、大半が平均的な住宅の賃料の差によるものである。[209]
議論
イギリスでは、雇用への影響も実証分析が積み重ねられたが、最低賃金の上昇が緩やかだったこともあり、「明確な影響はない」という研究者のコンセンサスが得られている[29]。
ミルコ・ドラカ、ステファン・マヒン、ジョン・ファンリーネンの2011年の論文では、イギリスで低賃金労働者を雇っている企業の収益率は他の企業に比べより減少していることを示している[29]。
ジョナサン・ワーズワースの2009年の論文では、最低賃金労働による消費者サービス価格の上昇は一般消費者物価上昇よりも高いことを示しており、企業の収益・価格への影響は明確となっているとしている[29]。
山田久は「イギリスで最低賃金の引き上げが失業増につながらなかったのは、景気回復の持続のもと、外資導入・地域再生策の効果もあり、生産性の持続的向上が人件費増を吸収できたためである」と指摘している[26]。
また、ブリストン大学のホール教授、プロッパー教授とロンドン大学のヴァン・リーネン教授は、イギリスの看護師の賃金が、全国率一律で決められていることが、高賃金地域での患者の死亡率を高めていることを明らかにしており、「賃金規制が、死亡率を高めている」と主張している[210]。
シンクタンク Resolution Foundation が5月に公表した報告書[211]によれば、近年の最低賃金の引き上げにより、国内の低賃金層の比率は減少したものの、こうした層の賃金水準は持続的に低迷している状況にある。報告書はその要因として、より賃金の高い仕事への移行のしにくさや、少数の企業による寡占、また特に女性労働者において賃金水準が向上しにくい傾向などを挙げている。[212]
ドイツ
歴史的経緯
ドイツはEU参加国のうち最低賃金法を導入していない7つの国の一つであった。何故ならドイツでは、ナチス時代に国家が直接労働条件を規制した歴史的経緯から、「賃金政策への国家介入」には、労使ともに強い警戒感がある。そのため戦後は、「労使自治 (Tarifautonomie)」に基づき、産別を中心とした労働協約によって賃金を決定してきた。このようなやり方により、労使が自主的に賃金をはじめとした労働条件を設定することによって労働者を保護する機能を発揮するとともに、経営者側から見ても労働条件の切り下げによる企業間の無秩序な競争を防止するという役割を果たしてきた。[213][214]
しかし、東西ドイツ統一後の実勢レートを無視した通貨統合、旧東ドイツ地域再建のための巨額の財政移転、同地域での過剰投資と過剰消費及びそれに伴う輸入増、インフレ抑制のための金利の高め誘導等により雇用情勢が悪化(特に旧東独地域)した。また、2004年にEUに新たに加盟した中・東欧諸国8か国の労働者のドイツへの移動の制限が2009年春に撤廃される予定になっており(ただし、2008年4月にはこの制限撤廃の実施は2010年末へと延期され、2009年6月にはさら に2011年4月末へと延期された)、この制限撤廃が安価な外国人労働者の大量流入を引き起こし、それが賃金ダンピングにつながる事態が考えられた。また、ハルツ第4法手当制度の下では、失業者に対する再就職先の妥当性基準が緩和され、基本的にあらゆる職に就くことが要請されるという形で低賃金部門への就職圧力が高められた。それに対して、労組や社会民主党(SPD)の一部からは賃金ダンピングが起こり格差の拡大がされる可能性が指摘された。更に産業構造や労働形態の変化、労働者の個人主義的傾向の高まり等を背景として、1990年代以降の労組の組織率低下と協約締結率低下という形で危機的な状況に陥りつつあると指摘されるようになった。ドイツの労働組合員数はドイツ統一直後の1991年に1,200万人近くに増加し、労組組織率も36%に達したが、その後急激に減少に転じ、2013年までには組合員数633万人、組織率17.7%とピーク時に比べて半減するに至った。こ の減少を反映する形で、産業別労働協約を適用される労働者も、1996年時点では旧西ドイツ地域において69%、旧東ドイツ地域において56%であったが、2005年時点では、それぞれ59%及び42%にまで低下した。それら複数の要因が重なり、労使だけで賃金の下限を設定し、その協約賃金を労働者全体に行き渡らせることが次第に困難になった。[213][214]
そして、最低賃金制度導入に関する議論が2000年代前半のシュレーダー中道左派政権期に本格化し、シュレーダー政権末期に法定最低賃金導入の要求が提起された。また提起された理由の一つに、2005年に導入されたハルツ第4法手当制度に対する激しい批判であり、この批判に対処しなければならないという危機感はSPD左派だけではなく、党首脳の間でも共有されていた。ラインラント・プファルツ州首相でもあったクルト・ベックが「ドイツにアメリカのような雇用関係があってはならない」と発言したことは、それを象徴するものであった。[214]
ただし、従来の協約自治システムを大き変更することになる法定最低賃金導入に対しては、実際には労組陣営内でも温度差があり、SPD右派も協約自治への重大な介入であるとして反対した。このため、SPDは2005年連邦議会選にあたって、まずすべての業種において労働協約に基づく最低賃金の導入を目指すとする立場をとった。これに対して、CDU/CSUは協約自治の原則を強調して法定最低賃金に反対していた。[214]
しかし、CDU/CSUは2005年連邦議会選挙における予想外の低迷から、この選挙後に樹立された第1次メルケル大連立政権の下でそれまでの方向性を転換し、「中道」路線を強調し始めた。その一環として、CDU/CSUは「コンビ賃金(低賃金の雇用と賃金助成を組み合わせた雇用促進策。低賃金労働を受け入れた労働者に対して賃金の一部などを公的に援助することによって、一定の生活を保障しながら、低賃金労働市場の雇用創出を図る政策。)」路線を事実上放棄するとともに、法定最低賃金の導入には反対し続けたものの、越境労働者派遣法等の適用業種を拡大し、すべての業種に最低賃金を導入するというSPDの方針を事実上受け入れるに至った。この結果、第1次メルケル政権時代には、越境労働者法等の改正が進み、業種ごとの最低賃金導入の動きは大きく広がった。この間、SPDもシュレーダー政権時代に党内左派や労組から大きな抵抗に遭遇した政策を修正する方向性を強め、法定最低賃金の導入に関して一応一致した立場を確立したドイツ労働総同盟(DGB)と同調して、業種・ 地域ごとの最低賃金だけではなく、統一的な法定最低賃金を導入するという主張を前面に押し出した。[214]
2009年連邦議会選挙後には、CDU/CSUと自由民主党(FDP)による第2次メルケル中道右派政権が樹立され、FDPは法定最低賃金導入に対する反対を強調したが、CDU/CSUは大連立政権時代の「中道」路線への傾斜をさらに強め、法定最低賃金に対する反対をもはや明言しなくなった。その背景には、2005年連邦議会選挙以降、CDU/CSUが「国民政党」であろうとする限り、FDPとは異なって必ずしも経済自由主義的な有権者から支持を得るだけではなく、ドイツ的社会国家の再編に不安を抱く党員や支持者を無視できないとする考え方を強めていたことがあった。さらに、第2次メルケル政権においてFDPが経済自由主義的路線の強化を目指し、野党となったSPDがそれに対する批判を強めたことによって、CDU/CSUにとっては、政権内で独自色を出しつつSPDに対抗する必要からも、「社会的公正」への配慮の姿勢を示す必要が高まった。[214]
このような背景から、かつては協約自治への介入と法定最低賃金の導入に反対していたCDU/CSUと、依然としてそれに反対しているFDPが連立政権を樹立しても、それまでの流れは変化しなかった。労働者派遣業等、前政権時代に積み残されていた業種レベルでの最低賃金導入がSPDとの交渉の下に実現されるとともに、CDU/CSUは「賃金の下限」という表現で事実上法定最低賃金に対する反対を放棄することを示唆し始めた。CDU/CSUのこのような変化に対して、FDPは業種ごとの最低賃金の拡大や法定最低賃金へ向けての動きを阻止するという強硬路線を維持することが次第に困難となり、徐々に妥協的な方向へと向かっていった。最低賃金問題に関するCDU/CSU側のこのような方針転換には、党内での経済政策重視派の力の低下も反映されていた。CDU/CSU内で経済界の利益を代表するグループとしては、1956年に党の下部組織として結成され、最も長い歴史を有するCDU/CSU中小企業経済連盟(MIT)、1963年にCDU/CSU労働者委員会(CDA)に対抗して結成されたCDU/CSU・経済評議会(このグループは公式には党組織ではなく、独立的な団体である)、経済界に近い議員の集まりである中小企業議会グループ(PKM)があった。しかし、彼らの中で最も有力なリーダーの一人であり、将来のCDU党首候補とも見られていたフリードリッヒ・メルツ元院内総務が2000年代はじめにメルケルとの権力闘争に敗北して事実上失脚した後、これらのグループは次第に影響力のあるリーダーを欠く状態となっていった。2005年連邦議会選挙以降、メルケルがSPDとの妥協の下で経済的自由主義よりも「社会的公正」を強調する中道路線へと転換するなかで、党内での彼らの影響力はますます低下していった。[214]
こうして、2013年連邦議会選挙の結果、再び大連立政権が樹立されることになった時、この選挙において議席を失ったFDPを含めて、すべての主要政党は事実上法定最低賃金の導入を支持するか、少なくとも反対を放棄するに至っていた。従って、CDU/CSUはSPDの強硬な要求に対してやむなく法定最低賃金を受け入れたというよりも、むしろそれによって、それまでに進めてきた方針転換を公式化させたと言った方が正しかった。連立交渉において最低賃金問題を審議した労働社会政策作業部会の両党代表となったのは、CDU/CSU社会政策重視派のフォン・デア・ ライエン元労相とSPD幹事長で同党左派に属するアンドレア・ナーレスであり、この作業部会のCDU/CSU側代表の中で事実上経済界の利益を代表していたのは、MIT会長となったばかりで影響力の低かったカルステン・リンネマンだけであったことは、それを物語っていた。[214]
その結果、2014年7月、ドイツ下院はドイツ国内の最低賃金を時給8.50ユーロとする法案を可決した[215]。この法律は2015年1月から施行される。下院での採決では法案賛成が圧倒的多数であり[216]、投票数605のうち賛成が535票、反対が5票、棄権が61票という結果だった[217]。この最低賃金水準はフランスの時給9.43ユーロには劣るが、英国の6.31ポンド(換算値約6.50ユーロ相当)や米国の7.25ドル(約4.20ユーロ相当[216])よりも高い。最低賃金導入はアンゲラ・メルケル政権の連立与党である中道左派ドイツ社会民主党の重要課題だった[217]。ドイツ副首相のジグマール・ガブリエルは「これはドイツにとって歴史的な日である」として最低賃金法の立法化を歓迎した[216]。
決定方式
最低賃金額の決定は、常設の最低賃金委員会が2年ごとに最低賃金額の適切性について決議を行う( 一般的最低賃金法第9条第1項 )(審議は非公開[ 一般的最低賃金法第10条第4項 ])。決議は単純過半数の賛成により行われる(一般的最低賃金法第10条第2項。賛成が過半数に至らない場合、委員長が斡旋の提案を行い、なお賛成が過半数に至らない場合は、委員長が議決権を行使する。)。連邦政府は法規命令により最低賃金委員会により提案された適切な最低賃金を規定する。(一般的最低賃金法第11条第1項 ) [202]
最低賃金委員会の構成は、議長1名、常任委員6名(労使各3名ずつ)、諮問委員2名(学術分野からの委員[労使提案]、議決権なし)で構成される。( 一般的最低賃金法第4条第2項 ) [202]常任委員と諮問委員は、各々グループ毎に必ず1名以上の男性及び女性を含めなければならない。そのため、2016年の最低賃金委員会の男女構成は、9人のうち3名が女性となっている。[213]
決定基準は、「最低賃金委員会は、労働者にとって必要な最低限度の保護に寄与し、公正かつ機能的な競争条件を可能とし、かつ雇用を危殆化させないために、いかなる額の最低賃金が適切かを、総合的に勘案して審査を行う。最低賃金委員会は、最低賃金の決定に際し、協約上の動向に従うものとする。」(一般的最低賃金法第9条第2項) [202]
また、2016年6月28日の最低賃金委員会の決議により、2017年1月1日から8.84ユーロに賃上げされた。[218] 2017年の最低賃金額決定の際、連邦統計局の算出データが重視された。これは、最低賃金導入(2015年1月1日)後から検討時までに締結された労働協約の平均賃金上昇率を算出したもので、当初は時給8. 77ユーロ(引き上げ率3. 2%)という改定額が提示された。しかし、その後、2016年4月末に妥結した統一サービス産業労組(Ver.di)の公務分野の協約賃上げ率(4. 75%)も算入することになり、最終的に時給8. 84ユーロ(引き上げ率4. 0%)の改定額を勧告した。つまり、最低賃金の引き上げは、協約賃金の動向と連動する結果となった。この連動理由について、最低賃金委員会は6月28日の決議書で、「調整額を勧告するための基礎として、協約賃金の動向は重要である。何故なら、労働協約当事者(労使)は、協約締結時に労働者の利益や企業競争力の維持、さらに雇用確保なども含む、包括的な判断をするからである」と説明している。[213]
更に、最低賃金委員会は2018年6月26日、最低賃金(時給)を、現在の8.84ユーロから、2019年1月1日に9.19ユーロ、さらに2020年1月1日に9.35ユーロへ、二段階で引き上げるよう政府に勧告した。今回の改定でも、過去2年の協約賃金全体の動向を踏まえて、9.19ユーロへの引き上げ勧告が想定されていたところ、2018年前半に妥結した金属産業等の協約賃金も最終的に考慮され、9.35ユーロまでの二段階の引き上げ勧告になった。[43]
そもそも最低賃金法は、協約自治安定化の一環として導入されたが、結果として協約当事者の合意が最低賃金の改定に反映されるという副次的効果があったとも言える。しかし、他方で、「連邦統計局の算出データ(労働協約の平均上昇率)=最低賃金の引き上げ率」となった点について、最低賃金委員会の形骸化を指摘する声もある。[213]
また、この2年という改定頻度を含む最低賃金法全体の見直し(総合評価)は2020年に実施される予定である(一般最低賃金法23条)。[43]
減額・適用除外
- 一部の企業実習生(法令によって受講が義務付けられている実習、職業訓練又は大学教育の開始に際してのオリエンテーションのための3か月までの実習等)
- 職業訓練生
- 名誉職として働く者
- 1年以上失業していた長期失業者は、雇用後最初の 6ヶ月間
等[219]
履行保証
[213]
最低賃金制度の運用監視は、連邦財務省所管の税関(ZOLL)内にある闇労働税務監督局(Finanzkontrolle Schwarzarbeit, FKS)が担当している。FKSは、従来から闇労働(Schwarzarbeit)を取締まっていた税務局と、不法就労対策を担当していた労働局の業務が統合され、2004年に誕生した。この業務統合により、労働局の該当職員は税関職員としてFKSへ異動し、そのまま勤務を継続している。現在の税関職員総数は 3万9,000人で、そのうち6,700人が闇労働税務監督局(FKS)で勤務している。2015年の法定最低賃金導入により全産業・職場に監視対象が拡大されることを見越して、導入前から増員している。2019年までに1,600人増やして、8,300人体制で、最低賃金を含む闇労働全体の取締り強化を計画している。
闇労働税務監督局(FKS)の事務所は、ドイツ全土に網羅的に設置されており、41の税関に設置されている。
FKSが想定している「闇労働(Schwarzarbeit)」とは、①社会保険料不払い、②給付の濫用、③営業法・手工業法違反、④脱税、である。他方、「不法就労(Illegale Beschäftigung)」 とは、①外国人の不法就労、②最低労働条件違反、③違法な労働者派遣、であり、その両方に対処している。全職員のうち、女性職員は25~30%程度で、年々女性の割合は増加している。最低賃金を取締まる職員は、闇労働税務監督局(FKS)が単独で採用を行い、中級職員は2年、上級職員は3年半の職業訓練を受ける。訓練内容は、税務管理に関する知識教育、捜査に必要な護身術、射撃訓練等である。FKSの職員は、希望すれば他部署で税関職員として働くことも可能だが、全て公募制である。また、職員は、闇労働防止法(SchwarzArbG18) に基づいて任命され、司法警察権を有し、立入調査権や逮捕権などを有する。専門的な知識を習得するために、任命後も継続教育訓練(在職訓練)を節目ごとに受講する。2015年の法定最低賃金導入時には、それまでの業種別最低賃金と法定最低賃金の差違に重点を置いた研修を全員が順に受講した。
なお、最低賃金の監視は、FKSの他に年金運営機関、公共調達に関する州当局、労働安全衛生担当局、営業監督官、連邦雇用エージェンシー(BA)、社会保障給付関連機関なども関連業務として実施している。ただ、年金運営機関やその他の機関は、「書類審査」のみであるため、実際に現場に赴いて労使へ事情聴取をした上で濫用の有無を判断するFKSとは大きな違いがある。また、いずれの組織も、最低賃金の監視を主目的にしているわけではなく、例えば、雇用エージェンシー(AA)などの職業安定機関は、求職者が失業手当を申請する際に、最低賃金違反を見つければ、場合によってはFKSに通知することがあるが、FKSのように取締まる機能はない。
闇労働税務監督局(FKS)の取締りは、専門分野E(①防止・審査・捜査、②組織的不法就労)と、専門分野F(処罰)に分かれて業務が遂行されている。
専門分野Eの捜査官は、闇労働撲滅法2条に基づき、審査任務を遂行する。審査内容は、①社会保険負担義務、②社会保障給付の受給、③労働許可、④労働者送り出し法(AEntG)、最低賃金法(MiLoG)、労働者派遣法(AÜG)などの各種法律に基づく労働条件の適合性、⑤税制上の義務の遵守、であり、これらを総合的に審査する。捜査権限としては、就労者への聞き取り調査では、①事業所や現場で就労する者の労働作業中に立ち入る権限、②当該の場所で就労する者に聞き取りを行う権限、③関連書類の閲覧、④自動車の停車指示権限、がある。業務書類の審査では、①使用者/委託者/派遣先の事業所及び現場への営業時間中の立ち入り、②関連の全業務書類の閲覧、ができる。
専門分野Fの担当官は、闇労働撲滅法2条1項の規定による審査対象と直接的に関係のある犯罪行為の訴追、②闇労働撲滅法2条1項の規定による審査対象と直接的に関係のある秩序違反であり、かつ闇労働税務監督局(FKS)が秩序違反法36条1項1号の意味における管轄の行政当局である限りにおいて、当該秩序違反の訴追及び処罰が可能である。
闇労働税務監督局(FKS)の担当者が現場に入る場合、労働者の身分証、労働契約書、給与明細、就労時間証明書、社会保険関係申請書などを主に確認する。取締り現場へは常に銃を携行し、最低でも2人体制で現場に赴く(単独行動はない)。大きな建設現場の立ち入り検査には、100名体制で職員が出向くこともある。対象企業を呼び出すことはなく、全て現場へ行くが、場合によっては、同時に当該企業が委託する税理士事務所に入ることもある。必要に応じて税関の特殊部隊(ZUZ)[取締り時に、特に暴力的な抵抗が予想される場合など、危険な任務遂行を行う際に、税関職員支援のために出動する武装特殊部隊]の応援を頼むこともあるが、その場合においても指揮はFKSがとる。取締り対象企業や現場の選定は、主に通報によるものが多い。匿名や実名、近所の人からの通報のほか、他省庁の職員からの情報提供などもある。そうして得たあらゆる情報を事実かどうか検証し、実際の労働現場や企業を捜査するうちに、同企業の別の地域の事業所も捜査した方が良いと判断する場合もある。また、ある特定期間に予防的理由で重点的に特定産業の現場に立ち入ることもある。多いのは、建設や運送などで、その場合は、全国のFKS職員が一斉に管轄地域の立ち入り調査を実施する。
最低賃金の履行確保の最も困難な点として、「実際に何時間働いたのか」の裏付けが非常に難しいことがある。法律で労働時間の記録義務が定められているが、労働時間の改ざんなどが取締りを難しくしている。また、使用者側が「労働者ではなく、請負や自営である(偽装請負・偽装自営等)」として、雇用関係を偽るケースも多い。また、特に運送業に多いが、待機時間は就労時間であるのに、就労時間とせずに休憩時間とするケースや、回送(荷物を降ろしてトラックを空で運転する場合)を就労時間として扱っていないケースなども多い。
スーパーや食品店などで多いのは、自社の商品券等を労働者に渡し、それを給料として組み込んでしまうケースや自社製品を買わせてその代金を給料に組み込んでしまうケースが多い。非常に対応が難しいのは、最低賃金の導入によって、それまで労働者に支払われていた諸手当などが支払われなくなり、結局、各自の手取り額が減ってしまった場合である。また、実習生(Praktikant)に関わる事案も多い。本来であれば社員として採用すべきところ、実習生として採用するというパターンがよく見られる。また、FKSの取締りに対して、使用者が反対の主張をした場合、その主張の矛盾点をついて確証しなければならないという難しさがある。
なお、法定最低賃金導入当初の半年間は、「捕まえる」「処罰する」よりは、最低賃金制度を「説明する」ことに重点をおいた。説明しても放置して違反している事業所などは、導入半年後から積極的に取締まっていった。従って、ある程度現場に裁量が委ねられており、最低賃金違反を発見した場合、説明(是正指導)のみで終わる場合もあれば、是正せずに放置する悪質なケースについては、書類送検・起訴をして、罰金を科すこともある。最低賃金に関する違反をした場合、労働時間の記録違反など軽度なものには上限3万ユーロ、意図的な違反など重度のものには上限50万ユーロの罰金を科している。また、違反事業者は、公共委託から排除される(最低賃金法19条)。
問題点
最低賃金(時給8.84ユーロ)でフルタイム労働をした場合、月に約1,444ユーロの収入となる。そしてここから税金、社会保険料、生活費(必要最低限の食費・衣料費・光熱費[暖房費を除く]、交通費、日用品購入費等)を差し引くと、家賃と暖房費にかけられる金額は、残り339ユーロになる。公的な統計では、6歳未満の子どもがいるひとり親世帯が必要とするその額は、月平均457ユーロであり、毎月かなりの赤字になってしまう。(但し、この試算は児童手当192ユーロ(月額[2017年時点])は含まれていない。)また、実際に6歳未満の子どもがいるひとり親世帯の9割(87%)は、最低レベルの所得階層におり、貧困リスクが非常に高い。[220]
そのため、左翼党から批判があり、左翼党のクラウス・エルンスト副総裁は声明の中で、「最低賃金でフルタイム働いても、必要最低限の生活費を稼ぐことができないのは、おかしい」と批判する。その上で、最低賃金を時給12ユーロに引き上げるよう求めている。「そうすれば低賃金雇用の拡大を抑制し、労働者が部分的に福祉給付に頼ることなく、最低限の年金確保にもつながる」と同氏は主張する。それに対し、連邦労働社会省(BMAS)は、最低賃金の導入で何百万人もの労働者が恩恵を受けた点を強調する。さらに、労働者の生活保障以外にも、「競争力維持」や「雇用確保」の面も考慮する必要があり、最低賃金委員会において2年毎に金額が再評価される点などをあらためて左翼党に説明した。[220]
なお、ドイツではパート労働の1種にミニジョブがある。これは、月収入450ユーロ以下で、所得税と社会保険料の労働者負担分が免除される制度である(但し、使用者は免除されず、税金、健康保険、年金保険の計30%の負担義務がある。また、年金保険については。2013年以降、原則加入義務対象(総収入の3.9%の保険料負担)となったが、労働者が使用者に文書で適用除外を申請すると免除される 。)。しかし、ミニジョブ労働者は、最低賃金制度を設けたにも関わらず、約半数(2015年:50.4%[5.5ユーロ未満:20.1% 5.5~8.49ユーロ未満:30.3%])が最低賃金未満の時給額で働いている。[221]また、2017年10月時点でのミニジョブ労働者は約748万人であった。このうち、ミニジョブの専業従事者は約470万人で、本業のほかに税負担のない副業としてミニジョブに従事する者は約278万人であった。多くは、小売、飲食、宿泊、保健・医療施設、福祉施設、ビル清掃業などのサービス分野で働いている。ただし、この人数には、(1)自営で副業を行っている者、(2)月収450ユーロを超えて副業を行っている者は含まれていない。[222]
更に、ドイツ経済社会研究所(WSI)の最新調査では、2016年時点で、労働者の10人に1人が最低賃金を下回る時給で働いていたことが判明しており、取り締まりの強化が課題となっている。そのため、政府は今後、履行保証の項目で前述したように、FKSの人数を2019年までに1600人増やし、8300人体制で、最低賃金を含む闇労働全体の取り締りを行うとしている。[43]
フランス
フランスの最低賃金は、全業種を対象に法律が定める基準(SMIC)と、業種別に労働協約によって定められた基準とがあり、双方を上回る必要がある。均等待遇の原則(同一労働同一賃金)が根付いているため同種の職種で賃金格差が付きづらいが、職歴の浅い者は最低賃金に近い水準となっている[223]。
歴史的経緯
[224][225][226]
1915年に衣料関連の家内労働者に対して最初の最低賃金制度ができ、1936年に成立した労働協約の一般的賃金制度で、地域別 職種・技能別の賃金の最低額 (salaires minima)が設定された。しかし、本格的に全産業の労働者を対象とした最低賃金制度が導入されたのが、1950年であり、その年に(労働協約と集団的労働紛争解決の手続きに関する) 法律で、SMICの前身である賃金の自由な交渉と最低賃制度「全職業最低保証賃金」SMIG(salaire minimum interprofessionnel garanti)が定められた。この最低賃金制は、パロデイ命令(1945年)に基づき行われていた賃金統制を1950年に撤廃するに当たり、当時労使の団体交渉能力が限られており、しかも激しいインフレが進行していたことから、実質賃金水準の維持を図るため、新しい労働協約法によって法定最低賃金として設定されたものである。そして、労使からなる全国労使交渉委員会に最低賃金の決定が付託された。注意すべきはSMIGでは、当初は農業・非農業の区分、地域差(パリのSMIGは他の地域より1~3割高かった。)及び年齢差が設けられていた。
SMIG導入の年には朝鮮戦争が勃発した。原料価格はまたたく間に高騰し、消費者物価も急上昇した。その結果、1952年7月18日の法律により、SMIGを月次物価変動に応じて自動的に調整する仕組みが採用された。以降、物価上昇率が 5%を超える度にSMIGは見直されることになった。ただしSMIGの見直しは最低4ヶ月の間隔を置くこととされた。その後、SMIG改定によるインフレ効果を和らげるために、1957年6月16日の法律でSMIGの引上げは物価上昇率が2%を超える度に行うと改められた。また同法では、政府が命令(デクレ)によりSMIGの額を決定する際に、国民所得も考慮のうちに含めるべきとした点が注目される。もっとも、その後もしばらくはSMIGの購買力はほとんど上がらないままだった。しかし、平均賃金がこの時期生産上昇により大幅な上昇を続けたこともあり、平均賃金とSMIGの格差は拡大していった。1968年春のいわゆる「5月革命」の事態鎮静化を図るために締結された政労使による「グルネル協定」によって、SMIGは35%増という異常な改定がなされた。それだけでなく、農業・非農業の区分及び地域差は、人口のパリ集中傾向の抑制等の目的により撤廃され、全国一律の最低賃金制度となった。
そして、最低賃金と平均賃金の間のあまりにも大きな不均衡を避けるために、政府は1970年1月2日の法律でSMIGは新たな最低賃金SMIC(salaire minimum interprofessionnel de croissance) に取って代わられ、導入された。これは「G」から「C」への単なる呼称の変化にとどまらない、最低賃金の概念そのものの変化を伴った。まず、SMIGでは地域間の調整はあったが、SMICではなされないこととなった。SMIG が被用者に最低限の生活を保証することだけを目的としていたのに対し、SMICは最低賃金層に国全体の経済発展の果実が配分されるようにすることもその目的に含むことが明示された。それは最低賃金見直しの方法の変更に具体的に現れた。すなわち、SMIC引上げの際には、物価上昇だけでなく、平均賃金の上昇も考慮されることになったのである。当時の立法者は、SMICを梃子に賃金格差の拡大を阻止することを明確に意図していた。
実際、SMICの導入により、最低賃金の購買力は平均賃金のそれとの差を徐々に縮めていった。特に、1972年から1975年にかけてSMICは大幅に引き上げられ、その購買力は 28.6%も上昇した(同時期の平均賃金の購買力の伸びは+17.5%)。その後、1970年代末にはSMICの伸びは抑えられたが、1981年にミッテラン大統領が就任すると、SMICは直ちに10%引き上げられた。その後、政府の政策がインフレ抑制へと転換されると、1990年に至るまで SMICの上昇率はかなり低く抑えられ、最低賃金雇用者の購買力は伸び悩んだ。1990年代の初めになってようやく、SMICの水準での雇用については諸社会保険料の使用者負担分を軽減する措置がとられたことで、SMIC上昇が再び容認されるようになった。1990年代末になると、今度はオーブリ法による時短の進行がSMICのメカニズムに支障をきたすことになった。35時間制の原則は、それまで39時間労働していた者の給料をそのままに労働時間を35時間に減らすというもので、それは最低賃金労働者についても同じであった(従業員20 人未満の中小企業を除く)。これはSMICを11%上昇させることになり、それを一度に吸収するのは不可能であった。しかも、すべての企業が同時に35時間制へと移行したわけではなかった。そこで、政府は2002年まで毎年7月1日に新たなSMICを設定するという不規則なシステムを採用することを余儀なくされた。その結果、2002年には、オーブリ法以前から存在していたSMICの他に5つの異なるSMICが並存する状況が生じたのである。そのため、最低賃金労働者とひとくちに言っても、実際の賃金額にはばらつきが生じていた。2002年のフィヨン法によってこの状況に解決が図られることになった。3年の時間をかけて複数あるSMICを単一のSMICへとそろえることが決められたのである。そして2005年7月1日にすべてのSMICは一時間当たり8.03ユーロという額に収斂した。2007年7月1日、サルコジ大統領に代わって初めてのSMIC見直しでは、政府の自由裁量による後押し分はなく、引上げは法定分に限られていた。
2018年12月10日夜、2018年11月17日から発生したフランス全土で燃料税増税や生活費高騰などに反対する暴力的な抗議行動が続いている状況を受け、エマニュエル・マクロン大統領は10日、国民に向けたテレビ・スピーチで、抗議活動に対する対応策を発表した。具体的には、最低賃金を2019年1月から「雇用主に負担をかけないかたちで」月額100ユーロ(約1万3000円)引き上げると発表した。また、2018年の最低賃金は、税引き前で月1,498ユーロ(約19万3000円)、税引き後で1,185ユーロ(約15万2000円)と設定されていた。マクロン大統領は、最大約7%の最低賃金引き上げに必要な資金を負担するのは政府であると説明した。オリヴィエ・デュソプト行動・公会計副大臣は仏テレビ局BFMTVに対し、最低賃金引き上げや2019年1月から残業手当にかかる税・社会保険料の免税、年末ボーナスにかかる雇用主の税・社会保険負担を免税、年金受給の月額が2,000ユーロに満たない定年退職者に対し、2018年に導入された一般社会税(Contribution Sociale Généralisée, CSG)の引き上げ廃止の対策にかかる費用は合計で80億ユーロ(約1兆280億円)から100億ユーロ(約1兆2850億円)の間になるとの見込みを示した。2019年の財政赤字(GDP比)は3.5%近くまで上昇するとみられる。政府は2019年予算法案で、2.8%と予測していた。「微調整している途中で、財源の調達方法を検討しているところだ」とデュソプト氏は付け加えた。[227][228]
決定方式
SMICの時給額は、以下に挙げる三つによって、決定される。[202][229][230]
- ①物価スライド制
消費者物価指数が前回の改定水準より2%以上上昇した場合、指数発表の翌月初日にその上昇分だけ改定される 。(労働法 L.141-3条)
消費者物価指数は、世帯主が労働者である都市部の世帯で、タバコを除く295品目の消費者物価を対象として算出される。
- ②年次改定
年次増額は、「労働省による3ヶ月ごとの調査によって記録された平均時間給の購買力の上昇分の2分の1を下回ってはならない」(労働法 L.141-5条) 「最低賃金の上昇と、一般的経済条件及び国民所得との間の永続的な全ての不均衡を除去しようとするものでなければならない」(労働法 L.141-6条) とされる。
以下の i~iii を踏まえて、政府が全国団体交渉委員会に諮問し、答申を受けて命令(デクレ)により改定
i. 特殊な世帯(一般ワーカーのうち、生活水準の下位 20%の世帯を抽出した世帯。、一般ワーカーのうち、生活水準の下位 20%の世帯を抽出した世帯)の物価上昇率
2013年2月に従来の消費者物価指数の上昇率基準となる世帯主が一般ワーカーまたは事務系労働者である都市部の世帯の上昇率から改められた。
ii. 生産労働者(一般ワーカー及び事務系労働者)基本時間給実質上 昇率×1/2 以上
iii. 政府の裁量による上乗せ
- ③政府裁量
政府は、年度中あるいは毎年1月1日のSMIC改定の際に、上記①②のメカニズムから算定される率を超えてSMICを引き上げることができる。
これは政府による「後押し分(coups de pouce)」と呼ばれるものである。
政府裁量額は、団体交渉全国委員会の答申後に政府が決定する。2008年に政府から独立した「専門家委員会」( 経済,統計の専門家としての性格が強い構成となっている。)が設置され,その年次報告書の内容が影響している。
その為、労使の関与は限定的であり、団体交渉全国委員会の答申は、実質的な影響を持たず、2008年の専門家委員会設置以降、統計データが重視されるようになっている。
また、2007年7月1日、サルコジ大統領に代わって初めてのSMIC見直しで、政府の自由裁量による後押し分はなく、引上げは法定分に限られ、それ以降は「後押し分」の引上げは行われていない。
全国団体交渉委員会:政府代表4名、労使各18名で構成される。同委員会は、「国家の財政勘定の分析および一般的経済条件についての報告を受とり」「それらの要素を熟考し、年度途中の改定を考慮に入れた上で、政府に対して、必要があれば多数派および少数派の立場を詳述した報告書を添えて、理由付き答申をだす」とされており、答申は労使の合意ではなく、それぞれの意見を非公開の報告書にまとめて提出する。
専門家委員会:SMICの改定について意見を述べる独立の機関である専門家委員会が毎年全国団体交渉委員会と政府に対して報告書を提出する。専門家委員会は、経済・社会の領域での能力・経験により選ばれ、雇用労働及び経済担当大臣の提案に基づき、首相によって 5人が任命される。労働市場の発展、生産性の向上、付加価値の分配、企業競争力、比較可能な諸外国の最低賃金の上昇を分析したうえで意見を述べる。また、政府も国家財政分析及び一般的経済状況に関する報告を全国団体交渉委員会に提出する。政府の報告書と専門家委員会の報告書に開きがある場合、政府はその理由を書面で述べる。また、専門委員会はサルコジ政権(2007年)下の雇用指針評議会において、賃金構造の硬直化、労働費用の増大が指摘され、雇用の適正な配分を保障するための経済条件に応じたSMICの引上げを可能とするために設置された。
2019年現在、フランスの最低賃金は、10.03ユーロとなっている。[42]
減額・適用除外
[231]
- 17歳以下の年少者で、当該業種における職歴が 6か月に満たない者(17歳未満の者は 20%まで、17歳の者は10%まで)
- 職業訓練生及び若年者向け各種援助措置を受けている者(年齢及び訓練期間に応じて22~75%減額することが認められている。)
- 労働時間の管理に適さない労働者(委託販売外交員)
履行保証
[113][230]
フランスにおいてSMICを運用しているのは、労働・雇用・職業教育・労使対話省(Ministère du Travail, de l’Emploi, de la Formation Professionnelle et du Dialogue social)(以下、労働省)である。労働省の中で、SMICの制度枠組みの企画運営を担当するのが労働総局(DGT:Direction générale du travail )であり、SMICを含む労働分野の監督行政を担当しているのが、地方圏の組織、企業・競争・消費・労働・雇用局(DIRECCTE:Direction régionale des entreprises, de la concurrence, de la consommation, du travail et de l’emploi)である。
最低賃金が履行されているかどうかの監視については、官庁に所属する監督官によって行われる。監督先の企業を選ぶ方法は2種類あり、一つは労働者側からの監督要請、もう一つは監督者による任意の選定となっている。
調査の方法は、給与支払い明細やタイムカードを調べることによって違反が無いかをチェックする。
2014年の時点の数値として、労働監督官の総数は 2,236人である。そのうち労働監督官(inspecteur du travail)が1,060人で、労働監督官補(contrôleur du travail)が1,176人である。労働監督官が1人当たり監督対象とする労働者数は、8,139人である。労働監督官と労働監督官補の違いは、対象とする企業の規模によって区別されており、50人以上の企業を担当するのが労働監督官で、50人以下の企業を担当するのが労働監督官補となっている。その他、労働組合に加入している者の解雇に関する案件や、労働時間の例外規定に関する処分の決定権は、労働監督官は認められているが、労働監督官補にはないといった違いもある。
労働監督官及び労働監督官補の採用資格の基準は、ともに高卒程度となっているが、労働監督官の場合は、職業経験が3年以上必要となっている。ただし、実際に採用される労働監督官の80%程度は、職業経験が5年以上の者である。この労働監督官と労働監督官補の区分は、3年後をめどに労働監督官に統合予定である。その目的は、労働監督官に集中している業務量を分散し、労働監督官補を含めた労働監督官全体の体制で対応することである。現行の労働監督官の体制や人数について本省の担当者は、十分であり問題はない、としている。なお、労働監督官及び労働監督官補を育成するための研修は、国立労働研究所で行われている。
また、監督行政を効率よく実施するために、監督対象の業種や職種を絞って、選択と集中の方針をもって当たるという考え方もある。日本では、低賃金の業種・職種に絞って監督をする方針をとっているが、フランスでは、監督の対象とする業種や職場は、違反の可能性が高い業種や職種を集中的に監督対象とするよりも、全産業を事業規模の偏りなく監督する方針をとっている。ただ、政労使で協議した結果として特定の業界を優先的に監督する場合もあり、例えば輸送業・運送業界がそういった労働監督の優先度の高い業界となっている。
違反があった場合には、まず使用者に対し書類によって改善勧告が行われる。勧告によって改善されなかった場合には、刑法手続きが取られるが、手続きに1年半ほどかかるため、その間に改善されることがほとんどであるという。
更に、フランスの労働裁判所は、日本の簡易裁判所とも異なる裁判所であり、裁判官が判決を下すわけではなく、労使のOBが紛争解決にあたる裁判所である。比較的簡素な手続きで裁判を起こすことができるため、SMICに違反する使用者を労働者が訴えることは難しくない。労働全般に関する紛争が年間10万件ほど訴えられており、フランスでは、労働裁判所に訴えて労働問題の解決をすることは日常的なことであると言える。因みに日本の場合は、2015年では7,068件(労働審判:3,679件、労働関係民事通常訴訟:3,389件)である[232]。
最低賃金未満の労働者に関するデータ
最低賃金未満で働く者の割合は、2018年1月時点で全労働者のうち11.5%(約198万人)。また、フルタイム労働者では8.1%であるが、パートタイムでは24.9%に跳ね上がる。[233]
産業別・業種別にみてみると、電気・ガス・熱供給・水道業で最も低く0.4%(パートタイム:1.6%)である一方、最も高いホテル・レストラン関連業務では34.4%(パートタイム:58.5%)にのぼる。更に企業規模に見ると、500人以上は5.0%(フルタイムは3.5%、パートタイムは12.1%)に対して、10人未満は26.5%(フルタイムは21.7%、パートタイムは37.7%)であり、小規模なほど最低賃金水準で働く労働者の割合が高くなる傾向がある。[233]
なお、週39時間制から週35時間制に移行したときには、労働者の賃金を保証するために最低賃金を上げ、使用者側に対しては補償措置として社会保障費の減免を行った。[234]
具体的には、1998年に制定された労働時間の短縮を打ち出した第一オブリ法(「労働時間短縮の方針と指示に関する法」)の推進策の一環として、企業が実施する週39時間から週35時間への労働時間の短縮状況又は短縮実施の時期に応じて政府が差額補填金を支給することとしていた(第二オブリ法)。通称「オブリ保証」と呼ばれるこの賃金保証は、労働時間の差によって生じる月額基本賃金の差額を補填することで、労働時間の異なる労働者間の実質的な月額最低賃金を一律にするというもの。(週35時間制の移行時期により5種類の月額最低賃金(GMR)が定められていた。)さらに、2002年に成立したフィヨン法(「賃金・労働時間・雇用促進法」)では、週35時間制を緩和するとともに、当時6種類に分かれていた法定最低賃金を2005年7月1日まで低い最低賃金を高い最低賃金に合わせることで一本化する際、この措置により、法定最低賃金は11.4%の引上げがなされることになった。これに伴う低賃金労働に係る労働コストの高騰に対応するため、法定最低賃金の1.7倍を上限とする低賃金労働者に係る社会保障費の減免を2003年7月1日から段階的に実施され、2006年まで行った。その際、国が60億ユーロ程度のコストを社会保障制度に補填された。[234][235]
スイス
スイスでは、全国一律の最低賃金は定められていない。2014年5月18日、最低賃金を22スイスフラン(約2500円)という、世界最高額の最低賃金を定めるかどうかの国民投票が行われた。結果は賛成24%、反対76%で否決された。スイスの労働組合は、最低限の生活も維持できない労働者が約33万人に上ると指摘している[236]。スイスの労働者の9割は、すでに時給22スイスフラン以上の賃金を得ているとされるが、スイスの物価を考えると十分ではないとする意見もある[237]。但し、ヌーシャテル州は、2011年に住民投票で導入を決め、連邦裁判所が雇用者団体の差し止め要求を却下し、2017年夏に時給20フランの最低賃金をスイスで初めて導入した。続いて同年11月にはジュラ州も時給20フランの最低賃金を導入した[238]。
関連項目
- 最低賃金法
- 労働基準法
- 国際労働機関
- 労働分配率
- ディーセント・ワーク
- ブラック企業
リビング・ウェイジ - 必要生計費
脚注
^ 、これは労働市場が実際には完全競争ではないことに起因している。雇用者は労働市場の不完全情報性により、労働者の良し悪しを完全には把握できない。したがって労働の良し悪しとは無関係な所でインセンティブを生み出す必要が生じるのである。
^ しかし、障害者権利条約第27条第1節の(b)においては障害のある人にも、『他の者と平等に』、同一労働同一賃金を含めた公正で好ましい労働条件の保護を締約国に求めている。
^ [1]中央最低賃金審議会「第1回目安制度のあり方に関する全員協議会」(平成26年6月18日)にて示された資料
^ 「四十七都道府県、産業ごとにばらばらに決める現行制度では、格差は広がるばかりです。これ以上に格差と貧困を広げないためにも、全国どこでも、だれが働いても、生計費を基準にした最低賃金が保障される「全国一律最低賃金制度」でなければなりません。世界の多数がこの制度です。」(2007年2月11日付しんぶん赤旗)
^ 解釈によっては「全国での平均額が1,000円程度」とも受け取れる[誰?]。「1,000円程度」を言い換えると、「どの地域・どの職業でも時給が必ず1,000円以上となるとは限らない」ことになり、場合によっては時給が1,000円を下回る可能性も高くなる[誰?]。
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参考資料
出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2016年1月) |
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図2 主要企業春季賃上げ率/早わかり グラフでみる長期労働統計|労働政策研究・研修機構(JILPT)労働政策研究・研修機構)
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