1988年の野球
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1988年の野球(1988ねんのやきゅう)では、1988年の野球における動向をまとめる。
メジャーリーグベースボール(MLB)の動向については1988年のメジャーリーグベースボール参照
目次
1 競技結果
1.1 日本プロ野球
1.1.1 ペナントレース
1.1.2 日本シリーズ
1.1.3 個人タイトル
1.1.4 ベストナイン
1.1.5 ゴールデングラブ賞
1.2 高校野球
1.3 大学野球
1.4 社会人野球
2 できごと
2.1 1月
2.2 2月
2.3 3月
2.4 4月
2.5 5月
2.6 6月
2.7 7月
2.8 8月
2.9 9月
2.10 10月
2.11 11月
3 誕生
3.1 1月
3.2 2月
3.3 3月
3.4 4月
3.5 5月
3.6 6月
3.7 7月
3.8 8月
3.9 9月
3.10 10月
3.11 11月
3.12 12月
4 死去
5 脚注
6 外部リンク
競技結果
日本プロ野球
ペナントレース
セントラル・リーグ | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 |
優勝 | 中日ドラゴンズ | 79 | 46 | 5 | .632 | - |
2位 | 読売ジャイアンツ | 68 | 59 | 3 | .535 | 12.0 |
3位 | 広島東洋カープ | 65 | 62 | 3 | .512 | 15.0 |
4位 | 横浜大洋ホエールズ | 59 | 67 | 4 | .468 | 20.5 |
5位 | ヤクルトスワローズ | 58 | 69 | 3 | .457 | 22.0 |
6位 | 阪神タイガース | 51 | 77 | 2 | .398 | 29.5 |
パシフィック・リーグ | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 |
優勝 | 西武ライオンズ | 73 | 51 | 6 | .589 | - |
2位 | 近鉄バファローズ | 74 | 52 | 4 | .587 | 0.0 |
3位 | 日本ハムファイターズ | 62 | 65 | 3 | .488 | 12.5 |
4位 | 阪急ブレーブス | 60 | 68 | 2 | .469 | 15.0 |
5位 | 南海ホークス | 58 | 71 | 1 | .450 | 17.5 |
6位 | ロッテオリオンズ | 54 | 74 | 2 | .422 | 21.0 |
日本シリーズ
日付 | 試合 | ビジター球団(先攻) | スコア | ホーム球団(後攻) | 開催球場 |
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10月22日(土) | 第1戦 | 西武ライオンズ | 5-1 | 中日ドラゴンズ | ナゴヤ球場 |
10月23日(日) | 第2戦 | 西武ライオンズ | 3-7 | 中日ドラゴンズ | |
10月24日(月) | 移動日 | ||||
10月25日(火) | 第3戦 | 中日ドラゴンズ | 3-4 | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ球場 |
10月26日(水) | 第4戦 | 中日ドラゴンズ | 0-4 | 西武ライオンズ | |
10月27日(木) | 第5戦 | 中日ドラゴンズ | 6-7 | 西武ライオンズ | |
優勝:西武ライオンズ(3年連続8回目) |
個人タイトル
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
最優秀選手 | 郭源治 | 中日 | 門田博光 | 南海 | | |
最優秀新人 | 立浪和義 | 中日 | 森山良二 | 西武 | | |
首位打者 | 正田耕三 | 広島 | .349 | 高沢秀昭 | ロッテ | .327 |
本塁打王 | C.ポンセ | 大洋 | 33本 | 門田博光 | 南海 | 44本 |
打点王 | C.ポンセ | 大洋 | 103点 | 門田博光 | 南海 | 125点 |
盗塁王 | 屋鋪要 | 大洋 | 33個 | 西村徳文 | ロッテ | 55個 |
最高出塁率 | 落合博満 | 中日 | .418 | 門田博光 | 南海 | .429 |
最優秀防御率 | 大野豊 | 広島 | 1.70 | 河野博文 | 日本ハム | 2.38 |
最多勝利 | 小野和幸 | 中日 | 18勝 | 渡辺久信 | 西武 | 15勝 |
伊東昭光 | ヤクルト | 西崎幸広 | 日本ハム | |||
松浦宏明 | ||||||
最多奪三振 | 槙原寛己 | 巨人 | 187個 | 小川博 | ロッテ | 204個 |
最高勝率 | 小野和幸 | 中日 | .818 | 郭泰源 | 西武 | .813 |
最優秀救援投手 | 郭源治 | 中日 | 44SP | 吉井理人 | 近鉄 | 34SP |
ベストナイン
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
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守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
投手 | 小野和幸 | 中日 | 西崎幸広 | 日本ハム |
捕手 | 達川光男 | 広島 | 伊東勤 | 西武 |
一塁手 | 落合博満 | 中日 | 清原和博 | 西武 |
二塁手 | 正田耕三 | 広島 | 福良淳一 | 阪急 |
三塁手 | 原辰徳 | 巨人 | 松永浩美 | 阪急 |
遊撃手 | 池山隆寛 | ヤクルト | 田中幸雄 | 日本ハム |
外野手 | C.ポンセ | 大洋 | 秋山幸二 | 西武 |
J.パチョレック | 大洋 | 高沢秀昭 | ロッテ | |
広沢克己 | ヤクルト | 平野謙 | 西武 | |
指名打者 | 門田博光 | 南海 |
ゴールデングラブ賞
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
---|---|---|---|---|
守備位置 | 球団 | 選手 | 球団 | 選手 |
投手 | 巨人 | 桑田真澄 | 日本ハム | 西崎幸広 |
捕手 | 広島 | 達川光男 | 西武 | 伊東勤 |
一塁手 | 巨人 | 中畑清 | 西武 | 清原和博 |
二塁手 | 広島 | 正田耕三 | 西武 | 辻発彦 |
三塁手 | 巨人 | 原辰徳 | 西武 | 石毛宏典 |
遊撃手 | 中日 | 立浪和義 | 日本ハム | 田中幸雄 |
外野手 | 大洋 | 屋敷要 | 西武 | 秋山幸二 |
広島 | 山崎隆造 | 西武 | 平野謙 | |
中日 | 彦野利勝 | ロッテ | 高沢秀昭 |
高校野球
第60回選抜高等学校野球大会優勝:宇和島東(愛媛県)
第70回全国高等学校野球選手権大会優勝:広島商業(広島県)
大学野球
- 第37回全日本大学野球選手権大会優勝:近畿大
- 第19回明治神宮野球大会:中止
東京六大学野球連盟優勝 春:法政大、秋:法政大
東都大学野球連盟優勝 春:駒澤大、秋:青山学院大
関西学生野球連盟優勝 春:近畿大、秋:近畿大
社会人野球
第59回都市対抗野球大会優勝:東芝
第15回社会人野球日本選手権大会優勝:東芝
- 東芝が史上初の夏秋連覇
できごと
1月
2月
3月
3月23日 - 南海ホークスの西川佳明がヤクルトスワローズとのオープン戦(神宮)でノーヒットノーランを達成。オープン戦での達成は1954年の大阪タイガースの小山正明以来2人目[1]。
4月
4月5日 - 第60回選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、宇和島東が東邦を6-0で下し、選抜大会初優勝[2]。
4月6日 - 横浜大洋ホエールズの山下大輔が東京・大手町の大洋漁業本社にて記者会見し、現役引退を表明[3][4]。
4月8日
- 日本プロ野球公式戦が開幕[5]。
- 阪急ブレーブスの福本豊が西宮球場での対近鉄バファローズ1回戦の5回裏に三塁打を放ち、プロ通算2500本安打を達成[6]。
4月10日 - 近鉄の新井宏昌が対阪急戦でプロ通算1500安打を達成。
4月13日 - 近鉄の新井宏昌が藤井寺球場での対西武1回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成[7]。
4月18日 - 中日ドラゴンズはロサンゼルス・ドジャースのラルフ・ブライアントと契約を結んだと発表[8]。
4月23日 - 南海の球団オーナーの川勝傳が死去[9]。
4月30日 - 阪急の佐藤義則が西宮球場での対ロッテ4回戦で勝利投手となり、プロ通算100勝を達成[10]。
5月
5月17日 - 西武と阪神は金森永時と北村照文のトレードが成立したと発表[11]。
5月19日 - ヤクルトの尾花高夫がナゴヤ球場での対中日7回戦の1回裏に彦野利勝から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[12]。
5月24日 - 阪神の掛布雅之が対神宮球場でのヤクルト5回戦の2回表に2点適時打を放ち、プロ通算1000打点を達成[13]。
6月
6月7日
- 厚生省近畿地区麻薬取締官事務所神戸分室は午前、近鉄のリチャード・デービスを大麻取締法違反で現行犯逮捕[14]。
- 大洋の斉藤明夫がナゴヤ球場での対中日8回戦に登板し、プロ通算500試合登板を達成[15]。
- 西武の石毛宏典が西武球場での対南海7回戦の3回裏に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[16]。
6月10日 - 阪神は球団社長が阪神電鉄本社副社長の見掛道夫に、球団代表が岡崎義人から球団本部長の古谷真吾が就任したと発表[17]。
6月12日
- 南海の門田博光が新潟球場で対近鉄9回戦の2回裏に16号本塁打を放ち、プロ通算450本塁打を達成[18]。
- 阪神の佐野仙好が甲子園球場での対巨人9回戦の9回裏に代打として出場しプロ通算1500試合出場を達成[19]。
6月14日 - 巨人の呂明賜が対ヤクルト戦(神宮)においてボブ・ギブソンから初打席初本塁打[20]。
6月15日 - 近鉄の淡口憲治が対阪急10回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成[21]。
6月18日
- 阪急の藤田浩雅が対南海13回戦9回裏、無死満塁で代打で起用されて5号逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、プロ野球史上5人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打となる[22]。
- 阪神の掛布雅之が甲子園球場での対大洋13回戦の7回裏に適時打を放ち、プロ通算3000塁打を達成[23]。
6月22日 - 中日は広島球場での対広島13回戦で落合博満が8回表に15本塁打を放ち、球団創設以来5000本塁打を記録[24]。
6月23日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースは監督のビリー・マーチンを解任、後任の新監督はルー・ピネラ[25]。
6月27日
- 阪神は午後7時にアメリカ・サンフランシスコに滞在中のランディ・バースに対し契約解除を通告。午後9時に西宮市の球団事務所にてバースとの契約を解除したと発表。バースは5月14日に長男の病気を理由に帰国、「最大5週間以内に日本に戻る」と約束したが、今だ再来日の目途が立たないとして契約解除に踏み切った[26]。
- コミッショナーの竹内寿平が東京・銀座の日本野球機構会議室で行われたプロ野球実行委員会にて、健康に自信が持てず重責に耐えられないとして辞任を申し出、了承される[27]。
6月28日
- 日本ハムの大島康徳が東京ドームでの対近鉄11回戦に出場し、プロ通算2000試合出場を達成[28]。
- 広島は定岡徹久を日本ハムへ金銭トレードすると発表[29]。
6月29日 - 近鉄は中日から金銭トレードで獲得したラルフ・ブライアントの入団を発表[30]。
6月30日 - 巨人の簑田浩二が甲子園球場での対阪神12回戦の2回表に5号満塁本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成[31]。
7月
7月1日 - 大洋が平塚球場での対中日10回戦で日本プロ野球タイ記録の1試合6犠打[32]。
7月3日 - 大洋の斉藤明夫が横浜スタジアムでの対中日12回戦で2勝目を挙げ、プロ通算100勝、江夏豊、山本和行に続く3人目の100勝・100セーブ達成[33]。
7月6日 - 札幌円山球場での巨人対中日16回戦の8回表、巨人の左翼手の吉村禎章が中日の中尾孝義の右中間への飛球を追って中堅手の栄村忠広と交錯し靱帯断裂の大けが[34][35]。
7月10日 - 阪急は秋田での対ロッテ11回戦で伊藤敦規がセーブを挙げ、公式戦65試合目で今季初のセーブ。これまでの開幕からセーブなしの記録は1977年の近鉄の39試合だった[36]。
7月13日
- 巨人の原辰徳が神宮球場での対ヤクルト15回戦の4回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[37]。
- 近鉄の新井宏昌が大阪球場での対南海14回戦の3回表に無死2塁から送りバントを成功させ、プロ野球6人目の通算200犠打を達成[38]。
7月15日 - 西武の東尾修が東京ドームでの対日本ハム14回戦に8回裏に3番手として登板し、プロ通算4000投球回を達成[39]。
7月17日 - 西武の石毛宏典が東京ドームで対日本ハム15回戦の8回表に7号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成[40]。
7月18日 - 大洋の新浦壽夫が対横浜スタジアムでの巨人16回戦で勝利投手となり、プロ通算100勝を達成[41]。- 7月26日 - オールスターゲーム第3戦が東京ドームで行われ、延長12回裏、セ・リーグは野手を使い果たし、打席に中山裕章の場面で投手の水野雄仁を代打に送り、牛島和彦から投手ではオールスター史上初のサヨナラ打(センターへの犠牲フライ)を打ち、セが4-3で勝利。水野は優秀選手賞を獲得[42]。
7月31日 - 西武の秋山幸二が西宮球場での対阪急19回戦で22号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成[43]。
8月
8月4日 - 中日対大洋17回戦がナゴヤ球場で行われ、延長12回5-5の引き分けとなり、プロ野球最長試合時間の新記録となる5時間21分となる[44]。
8月12日 - 広島の紀藤真琴が対大洋戦の4回2死から6回終了までの7者連続奪三振の球団新記録[45]。
8月22日 - 第70回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、広島県代表の広島商業が福岡県代表の福岡第一を1-0で破り、15年ぶり6回目の優勝。
8月31日
- 西武の平野謙が西武球場での対阪急21回戦の1回裏に送りバントを成功させ、プロ通算200犠打を達成[46]。
イースタン・リーグは巨人が西武に引き分け、巨人の3年連続10度目のリーグ優勝が決定[47]。
9月
9月1日 - 松山商業の新監督に澤田勝彦コーチが就任。
9月4日 - 西武の東尾修が西武球場での対南海18回戦で勝利投手となり、プロ通算250勝を達成[48]。
9月4日 - 近鉄の村田辰美が対阪急戦でNPB史上125人目の通算1500投球回を達成。
9月6日 - 大洋の木田勇が広島球場での対広島戦20回戦の5回裏一死から山崎隆造、高橋慶彦、小早川毅彦、長内孝、長嶋清幸に5者連続与四球のプロ野球新記録[49]。
9月11日 - 南海のトニー・バナザードが東京ドームでの対日本ハム23回戦の1回表第1打席で安打を放ち、1968年にアルト・ロペスが記録した外国人選手の連続試合安打に並ぶ26試合連続試合安打を達成[50]。
9月12日 - ジュニア日本選手権が西京極球場で行われ、巨人が中日に5-2で勝利し、2年連続で優勝[51]。
9月14日
- 阪神の掛布雅之が大阪市内のホテルで記者会見し、現役引退を発表[52]。
- ヤクルトの若松勉が神宮球場での対阪神20回戦の6回裏に代打として出場し、プロ通算2000試合出場を達成[53]。
9月16日 - 広島の大野豊が甲子園球場での対阪神22回戦で3回裏岡田彰布から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[54]。
9月17日
- 阪急の福本豊が大阪球場での対南海23回戦の3回表に二塁打を放ち、山内一弘が持つプロ野球通算最多二塁打の記録を更新する通算449二塁打[55]。
- 阪神の山本和行が甲子園球場での対広島23回戦に先発し、プロ通算700試合登板を達成[56]。
9月21日 - 吉村茂夫南海ホークスオーナー、大阪市内のホテルで中内功ダイエー社長と会談、同社への球団売却に正式合意、売却額20億3千万円。併せて福岡県・平和台野球場への保護地域および本拠地移転も発表[57]。
9月23日 - 日本ハムの大島康徳が東京ドームでの対ロッテ24回戦の4回裏に13号本塁打を放ち、プロ通算1000打点を達成[58]。
9月29日 - 巨人は東京・紀尾井町のホテル・ニューオータニにて記者会見を行い、監督の王貞治の辞任と、後任監督に野球評論家の藤田元司が就任したと発表[59]。
10月
10月1日 - パシフィック・リーグ、オーナー会議で、南海ホークスのダイエーへの譲渡を正式承認[57]。
10月2日
- 大洋の野村弘樹が横浜スタジアムでの対広島24回戦に先発し、1946年のセネターズの白木義一郎以来プロ野球2人目の初登板・無四球完封勝利を記録[60]。
- 中日の落合博満がナゴヤ球場での対阪神23回戦の3回裏に30号本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成[61]。
- ヤクルトの杉浦亨が東京ドームでの対巨人26回戦の5回表に17号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成[62]。
- 巨人の原辰徳が東京ドームでの対ヤクルト26回戦に出場し、プロ通算1000試合出場[63]。
10月4日 - 阪神の和田豊が広島球場での対広島25回戦の1回表に送りバントを決めてシーズン52個目の犠打とり、シーズン最多犠打の記録を更新[64]。
10月6日 - 中日の郭源治がナゴヤ球場での対ヤクルト24回戦にリリーフ登板して35セーブ目を挙げ、1シーズン最多セーブのプロ野球記録を更新[65]。
10月7日 - 中日対ヤクルトの第25回戦がナゴヤ球場で行われ、中日がヤクルトに11-3で勝利し、セ・リーグ優勝が決定[66]。
10月10日 - 阪神の掛布雅之の引退試合が阪神甲子園球場のダブルヘッダー第2試合の26回戦で行われ、掛布は4打数0安打、最終打席は四球[67]。
10月18日 - 広島の高橋慶彦が神宮球場での対ヤクルト25回戦の5回表に二盗、本盗を決め、プロ通算450盗塁を達成[68]。
10月19日
- 川崎球場でロッテ対近鉄のダブルヘッダー25、26回戦が行われ、第2試合で近鉄がロッテと引き分けたため、西武が勝率で近鉄を上回り、西武の4年連続リーグ優勝が決まる(詳細は10.19参照)[69]。
- 阪急は阪急電鉄社長の小林公平とオリエント・リース社長の宮内義彦が大阪市内のホテル新阪急にて記者会見し、球団を阪急電鉄からオリエント・リースに譲渡することで基本合意したと発表[70]。
10月21日 - セ・リーグシーズン公式戦全日程が終了[71]。
10月23日 - パ・リーグシーズン公式戦全日程が終了[72]。
10月24日 - 沢村栄治賞が発表され、広島の大野豊が初受賞[73]。
10月27日 - 日本シリーズの第5戦が西武球場で行われ、延長11回裏西武が伊東勤のサヨナラ打で中日に7-6で勝利し4勝1敗で日本一[74]。
10月28日
- 巨人は東京・パレスホテルにて記者会見し来季一軍コーチングスタッフを発表。ヘッドコーチに近藤昭仁が就任[75]。新監督の藤田元司は球団と正式に契約を交わし、3年契約を結ぶ[76]。
- 広島の鍋屋道夫と滝口光則と、日本ハムの高代慎也が交換トレード。
11月
11月1日 - 日本ハムは都内のホテルで新監督に近藤貞雄が就任を発表[77]。
11月11日 - 巨人と西武は、岡本光と白幡隆宗のトレードが成立したと発表[78]。
11月16日 - 正力松太郎賞に南海の門田博光が選ばれる[79]。
11月22日 - 西武の東尾修が所沢市の球団事務所で記者会見し、現役引退を表明[80]。
11月23日 - 巨人と中日は、西本聖・加茂川重治と中尾孝義の2対1のトレードすることで合意[81]。
誕生
1月
1月1日 - ダラス・カイケル
1月7日 - ジョーリス・チャシーン
1月12日 - 金賢洙
1月28日 - A.J.グリフィン
2月
2月1日 - ブレット・アンダーソン
- 2月1日 - アラン・デサンミゲル
2月2日 - ブラッド・ピーコック
2月8日 - 福井優也
2月9日 - T-岡田
2月13日 - ライアン・ゴインズ
2月21日 - タイラー・ライオンズ
- 2月21日 - 蒋智賢
2月24日 - 銀次
2月26日 - ヘクター・ロンドン
2月28日 - アロルディス・チャップマン
3月
3月1日 - トレバー・ケーヒル
3月8日 - トミー・ファム
3月11日 - ペドロ・バエズ
3月19日 - クレイトン・カーショウ
3月23日 - 平田良介
- 3月23日 - デリン・ベタンセス
4月
4月3日 - 澤村拓一
4月4日 - 野原将志
4月6日 - 吉川光夫
4月11日 - 前田健太
4月13日 - 会沢翼
4月15日 - クリス・ティルマン
4月16日 - 秋山翔吾
4月19日 - ケビン・ベジスティック
4月22日 - ディー・ゴードン
4月30日 - ヘスス・スクレ
5月
5月3日 - 増渕竜義
- 5月3日 - ベン・リビア
5月7日 - サム・ダイソン
5月12日 - 伊志嶺翔大
5月27日 - ブラッド・ボックスバーガー
5月28日 - クレイグ・キンブレル
6月
6月5日 - ジェイク・ペトリッカ
6月6日 - 斎藤佑樹
6月9日 - ジョー・ケリー
6月11日 - ブロック・ホルト
6月16日 - 大嶺祐太
6月19日 - ジェイコブ・デグロム
6月24日 - 小池翔大
6月28日 - ケバン・スミス
6月30日 - ブレイク・トレイネン
7月
7月5日 - アンドレ・リエンゾ
7月13日 - 仁藤拓馬
7月18日 - ブレット・ニコラス
7月20日 - スティーブン・ストラスバーグ
- 7月20日 - タイ・ケリー
7月25日 - ホセ・マルティネス
8月
8月10日 - サミー・ソリス
8月12日 - ヤン・マリーネス
- 8月12日 - ステファン・ウェルチ
8月16日 - JC・ラミレス
- 8月16日 - ジャスティン・グリム
8月23日 - マイルズ・マイコラス
8月26日 - エルビス・アンドラス
8月31日 - マット・アダムス
9月
9月3日 - ジョシュ・オーシック
9月4日 - アダム・デュバル
9月5日 - 加賀美希昇
9月6日 - 塩見貴洋
9月11日 - マイク・ムスターカス
9月13日 - 木村文和
9月23日 - ジェド・ジョーコ
- 9月23日 - 堂上直倫
9月24日 - ハンター・ストリックランド
9月26日 - クリス・アーチャー
- 9月26日 - トム・ストイフバーゲン
- 9月26日 - 大野雄大
9月28日 - キャメロン・ラップ
10月
10月3日 - フィル・ゴセリン
10月9日 - スターリング・マルテ
- 10月9日 - 柳田悠岐
10月10日 - 大石達也
11月
11月1日 - 田中将大
11月3日 - カルロス・モンクリーフ
11月8日 - ヤズマニ・グランダル
11月9日 - カート・カサリ
11月17日 - シェーン・グリーン
11月20日 - コディ・アレン
11月22日 - オースティン・ロマイン
- 11月22日 - ドリュー・ポメランツ
11月25日 - ジミー・パラデス
11月26日 - ジョシュ・スモーカー
- 11月26日 - 北篤
12月
12月1日 - ダン・ストレイリー
12月8日 - 乾真大
12月14日 - マット・グレース
- 12月14日 - 坂本勇人
12月15日 - ダース・ローマシュ匡
12月20日 - エリック・ゴーデル
12月21日 - ダニー・ダフィー
- 12月21日 - アッシャー・ウォジェハウスキー
12月23日 - ロベルト・ペレス
12月27日 - リック・ポーセロ
- 12月27日 - アディソン・リード
12月31日 - アレックス・コロメ
死去
1月4日 - 相羽欣厚(元読売ジャイアンツ、南海ホークス、阪神タイガース、*1943年)
4月23日 - 川勝傳(南海ホークスオーナー、*1901年)
5月20日 - マイク・ラインバック(元阪神タイガース、*1949年)
6月17日 - 西村省一郎(元南海ホークス、*1941年)
7月19日 - 古谷真吾(阪神タイガース球団代表、*1932年)
9月1日 - 並木輝男(元阪神タイガース、*1938年)
11月21日 - カール・ハッベル(アメリカ野球殿堂入りの投手、*1903年)
11月29日 - 福田昌久(元読売ジャイアンツ、*1934年)
脚注
^ “【3月23日】1988年(昭63) オープン戦ですが…史上2人目、34年ぶりの無安打無得点試合達成”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年3月12日). 2015年12月25日閲覧。[リンク切れ]
^ 毎日新聞1988年4月6日1面「宇和島東 14校目 初陣V センバツ 6-0で東邦下す」毎日新聞縮刷版1988年4月p189
^ 毎日新聞1988年4月7日23面「華麗なグラブさばき14年 山下が引退 古葉構想からはずれ」毎日新聞縮刷版1988年4月p247
^ “【4月6日】1988年(昭63) 真相は?山下大輔 開幕2日前に電撃引退”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2012年4月6日). 2015年12月25日閲覧。
^ 毎日新聞1988年4月9日23面「熱球の季節 プレイボール 5試合に17万6千人」毎日新聞縮刷版1988年4月p343
^ 毎日新聞1988年4月9日22面「福本、20年目の2500本安打 史上5人目」毎日新聞縮刷版1988年4月p342
^ 毎日新聞1988年4月14日23面「1500試合出場」毎日新聞縮刷版1988年4月p525
^ 毎日新聞1988年4月19日19面「中日に新外国人『当面はファーム』」毎日新聞縮刷版1988年4月p711
^ “【4月23日】1988年(昭63) 名物オーナー死去「オレの目の黒いうちはホークスは売らん」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年4月13日). 2015年12月25日閲覧。
^ 読売新聞1988年5月1日16面「阪急サヨナラ 佐藤が100勝目」読売新聞縮刷版1988年5月p16
^ 読売新聞1988年5月15日19面「西武・金森ー阪神・北村がトレード」読売新聞縮刷版1988年5月p565
^ 読売新聞1988年5月20日19面「尾花『次は100勝だ』」読売新聞縮刷版1988年5月p811
^ 読売新聞1988年5月25日18面「阪神・掛布が1000打点をマーク」読売新聞縮刷版1988年5月p1056
^ 読売新聞1988年6月20日夕刊15面「自宅に大麻隠し持つ デービス(近鉄)逮捕」読売新聞縮刷版1988年5月p337
^ 毎日新聞1988年6月8日19面「斎藤500試合登板」毎日新聞縮刷版1988年6月p295
^ 毎日新聞1988年6月8日19面「石毛、通算1000安打」毎日新聞縮刷版1988年6月p295
^ 読売新聞1988年6月10日19面「阪神球団社長に見掛氏が就任」読売新聞縮刷版1988年6月p503
^ 読売新聞1988年6月20日夕刊18面「門田450号 南海大量16点 西川完投3勝」読売新聞縮刷版1988年6月p576
^ 読売新聞1988年6月13日17面「阪神・佐野仙好選手(36)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1988年5月p811
^ “【6月14日】1988年(昭63) “アジアの大砲”、はじまりはいつもホームラン”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年6月11日). 2015年12月25日閲覧。
^ 読売新聞1988年6月16日19面「近鉄・淡口憲治外野手(36)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1988年6月p703
^ 読売新聞1988年6月19日18面「藤田は史上5人目の1発 代打逆転満塁サヨナラ」読売新聞縮刷版1988年6月p846
^ 読売新聞1988年6月19日19面「阪神・掛布雅之内野手(33)が3000塁打」読売新聞縮刷版1988年6月p847
^ 読売新聞1988年6月23日19面「中日が球団創設以来5000本塁打」読売新聞縮刷版1988年6月p1053
^ 毎日新聞1988年6月25日23面「けんかマーチン 5度目の解任 ヤンキース オーナーににらまれ」毎日新聞縮刷版1988年6月p939
^ 毎日新聞1988年6月28日23面「連続3冠王 最高打率 記録男バース去る」毎日新聞縮刷版1988年6月p1051
^ 毎日新聞1988年6月28日23面「竹内コミッショナー辞任 健康理由に 元検事総長 『倫理』求め2年余」毎日新聞縮刷版1988年6月p1051
^ 毎日新聞1988年6月29日21面「大島が2000試合出場」毎日新聞縮刷版1988年6月p1093
^ 読売新聞1988年6月29日19面「広島・定岡、日ハムへ」読売新聞縮刷版1988年6月p1345
^ 読売新聞1988年6月30日19面「近鉄・ブライアントは『16』」読売新聞縮刷版1988年6月p1395
^ 読売新聞1988年7月1日18面「簑田 200号飾る”満塁弾”」読売新聞縮刷版1988年7月p18
^ 読売新聞1988年7月2日19面「郭、9試合連続連続セーブならず」読売新聞縮刷版1988年7月p75
^ 読売新聞1988年7月4日19面「大洋・斎藤が史上三人目の100勝・100セーブ」読売新聞縮刷版1988年7月p159
^ 読売新聞1988年7月8日19面「吉村、今季出場絶望」読売新聞縮刷版1988年7月p375
^ “【7月6日】1988年(昭63) 通算100号本塁打の日に…2人の運命を変えた外野フライ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年7月11日). 2015年12月25日閲覧。
^ 読売新聞1988年7月11日18面「阪急65試合目 伊藤敦が初セーブ」読売新聞縮刷版1988年7月p522
^ 読売新聞1988年7月14日19面「原、通算1000安打 呂、不発4-0」読売新聞縮刷版1988年7月p675
^ 読売新聞1988年7月41日19面「近鉄・新井100犠打」読売新聞縮刷版1988年7月p675
^ 読売新聞1988年7月16日19面「西武・東尾修投手(38)が4000イニング」読売新聞縮刷版1988年7月p771
^ 読売新聞1988年7月4日19面「西武・石毛宏典内野手(31)が通算150号本塁打」読売新聞縮刷版1988年7月p844
^ 読売新聞1988年7月19日19面「SBO 通算100勝 トップ9勝目 自在の新浦」読売新聞縮刷版1988年7月p903
^ “【7月26日】1988年(昭63) ドーム初の球宴 水野雄仁 前代未聞のセンターフライ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2010年7月12日). 2015年12月25日閲覧。
^ 読売新聞1988年8月1日19面「西武・秋山が通算150本塁打の日本人最短記録達成」読売新聞縮刷版1988年8月p19
^ 読売新聞1988年8月5日18面「お疲れ『5時間21分』中日、大洋12回譲らず」読売新聞縮刷版1988年8月p202
^ “【8月12日】1988年(昭63) 緊急登板 紀藤真琴 プロ野球新記録は「やらなくてよかった」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2012年8月12日). 2015年12月25日閲覧。
^ 読売新聞1988年9月1日19面「平野が200犠打をマーク」読売新聞縮刷版1988年9月p19
^ 読売新聞1988年9月1日18面「イースタンは巨人が3連覇」読売新聞縮刷版1988年9月p18
^ 読売新聞1988年9月5日18面「東尾 250勝 -史上10人目- 清原"祝砲"24号」読売新聞縮刷版1988年9月p206
^ 読売新聞1988年9月7日19面「大洋・木田5連続四球」読売新聞縮刷版1988年9月p319
^ 読売新聞1988年9月12日夕刊17面「南海・トニー・バナザード外野手(32)が外人タイの26試合連続安打」読売新聞縮刷版1988年9月p579
^ 読売新聞1988年9月13日19面「巨人がV2達成 J日本選手権」読売新聞縮刷版1988年9月p601
^ 毎日新聞1988年9月15日「本塁打王3回 打点王1回 33歳・掛布が引退表明 左ひざの故障、回復遅れ」毎日新聞縮刷版1988年9月p561
^ 読売新聞1988年9月15日19面「ヤクルト・若松勉外野手が2000試合出場」読売新聞縮刷版1988年9月p717
^ 読売新聞1988年9月17日19面「広島・大野豊投手(33)が1000奪三振」読売新聞縮刷版1988年9月p813
^ 読売新聞1988年9月18日19面「福本、二塁打の日本新」読売新聞縮刷版1988年9月p865
^ 読売新聞1988年9月18日19面「山本が700試合登板」読売新聞縮刷版1988年9月p865
- ^ ab“瀬戸山隆三の球界ウラ話 プロ野球/1 肉屋がタカを買いに 1988年1月 一本の電話”. 瀬戸山隆三. 毎日新聞 (2017年4月1日). 2017年10月16日閲覧。
^ 読売新聞1988年9月24日19面「大島13号で1000打点」読売新聞縮刷版1988年9月p1173
^ 読売新聞1988年9月30日1面「王監督の退任発表 巨人」読売新聞縮刷版1988年9月p1475
^ 読売新聞1988年10月3日18面「初登板で無四球完封 大洋・野村が史上2人目」読売新聞縮刷版1988年10月p110
^ 読売新聞1988年10月3日18面「中日・落合が300本塁打」読売新聞縮刷版1988年10月p110
^ 読売新聞1988年10月3日18面「ヤクルト・杉浦亨一塁手(36)が通算200本塁打」読売新聞縮刷版1988年10月p110
^ 読売新聞1988年10月3日18面「巨人・原辰徳三塁手(30)が1000試合出場」読売新聞縮刷版1988年10月p110
^ 読売新聞1988年10月5日19面「阪神・和田豊内野手(26)がシーズン最多犠打52の新記録」読売新聞縮刷版1988年10月p225
^ 読売新聞1988年10月7日19面「中日逆転、ついに"王手" 彦野2ラン 郭S日本新」読売新聞縮刷版1988年10月p325
^ 読売新聞1988年10月8日1面「中日6年ぶり優勝 セ・リーグ」読売新聞縮刷版1988年10月p355
^ 読売新聞1988年10月11日19面「掛布選手ありがとう 夢の15年 引退試合」読売新聞縮刷版1988年10月p483
^ 毎日新聞1988年10月19日19面「高橋慶が450盗塁」毎日新聞縮刷版1988年10月p705
^ 毎日新聞1988年10月20日1面「西武 4年連続V 近鉄、健闘及ばず」毎日新聞縮刷版1988年10月p727
^ 日本経済新聞1988年10月20日1面「阪急も球団を売却 オリエント・リースに」日本経済新聞1988年10月p963
^ 読売新聞1988年10月22日19面「セ・リーグ全日程終了 ポンセ『二冠』大野13年ぶり防御率1点台」読売新聞縮刷版1988年10月p1039
^ 読売新聞1988年10月24日119面「門田、初の"不惑"二冠 盗塁王・福本が引退」読売新聞縮刷版1988年10月p1123
^ 読売新聞1988年10月25日19面「大野に沢村賞 防御率1点台高く評価」読売新聞縮刷版1988年10月p1179
^ 読売新聞1988年10月28日1面「日本シリーズ 西武が3連覇」読売新聞縮刷版1988年10月p1315
^ 読売新聞1988年10月29日18面「藤田巨人 コーチ陣決まる 『守』重視 ヘッドに近藤」読売新聞縮刷版1988年10月p1380
^ 読売新聞1988年10月29日18面「藤田監督再び『73』番」読売新聞縮刷版1988年10月p1380
^ 読売新聞1988年11月1日19面「日ハム近藤新監督就任」読売新聞縮刷版1988年11月p71
^ 読売新聞1988年11月12日19面「球界ルポ 白幡と岡本をトレード」読売新聞縮刷版1988年11月p555
^ 読売新聞1988年11月17日19面「正力松太郎賞 『40歳2冠』門田に」読売新聞縮刷版1988年11月p771
^ 読売新聞1988年11月23日19面「『闘争心薄らいだ』東尾投手 淡々と引退会見」読売新聞縮刷版1988年11月p1083
^ 読売新聞1988年11月24日19面「西本ー中尾交換 加茂川加え2-1」読売新聞縮刷版1988年11月p1110
外部リンク
日本野球機構(NPB)オフィシャルサイト
- NPB達成記録一覧
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