尼崎城
(兵庫県) | |
|---|---|
尼崎城模擬天守 | |
| 別名 | 琴浦城、琴城、尼丘城 |
| 城郭構造 | 平城 |
| 天守構造 | 複合式層塔型4重4階(1618年築・非現存) |
| 築城主 | 戸田氏鉄 |
| 築城年 | 元和3年(1617年) |
| 主な改修者 | 青山氏でほぼ完成 |
| 主な城主 | 戸田氏鉄、青山氏、松平忠喬 |
| 廃城年 | 明治6年(1873年) |
| 遺構 | 地上面に遺構なし |
| 指定文化財 | なし |
| 再建造物 | 石垣および土塀が復興復元 |
| 位置 | 北緯34度42分51.757秒 東経135度25分14.005秒 / 北緯34.71437694度 東経135.42055694度 / 34.71437694; 135.42055694座標: 北緯34度42分51.757秒 東経135度25分14.005秒 / 北緯34.71437694度 東経135.42055694度 / 34.71437694; 135.42055694 |
復興石垣
尼崎城(あまがさきじょう)は、兵庫県尼崎市にあった日本の城である。江戸時代初期に築城された平城。
安土桃山時代の天正6年(1578年)に荒木村重が織田信長に反旗を翻した際、有岡城から逃げ込んだ先である大物城は尼崎城(尼崎古城)とも呼ばれるが、現在の尼崎城趾とは位置が異なる。
目次
1 沿革
2 縄張り
2.1 本丸
3 模擬天守
4 尼崎城の遺構・遺物
5 参考文献
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
沿革
元和3年(1617年)、戸田氏鉄(うじかね)が5万石で入封し築いた。3重の堀をもち、本丸には2重の付櫓を2棟付属させた複合式の四重天守と3棟の三重櫓が上げられた。
城主は、築城から廃城まで3氏12代が入れ替わった。戸田氏の後は、青山氏4代、そして正徳元年(1711年)桜井松平家の松平忠喬(ただたか)が4万6千石で入り、以後桜井松平家の支配が7代と続き幕末を迎えた。最後の藩主は松平忠興である。歴代城主については尼崎藩の歴代藩主の一覧に記載がある。
弘化3年(1846年1月28日、本丸の女中部屋付近より出火。本丸御殿が即日全焼した。再建の速度は領民の協力もあって甚だ早く、その年の7月には着工、翌年の1月28日には完工したという(「尼崎城本丸平面図」)[1]。
明治6年(1873年)の廃城令により建物は一部を除き取り壊されたが、明治7年(1874年)、本丸御殿の一部が菩提寺・深正院(市内大物町)の本堂として移築された。この本堂は戦前まで残っていたが、戦災に遭い焼失した。
本丸跡は尼崎市立明城小学校の敷地として利用されている。城跡の一部に尼崎城址公園が整備され、石垣および土塀が模擬復元されている。公園内には尼崎市立中央図書館がある。2018年には公園中央付近に、資産家の寄贈による模擬天守が完成した。
縄張り
寛文10年(1670年)頃尼崎城下絵図(尼崎市立地域研究史料館所蔵)
推定城郭。昭和49年度のカラー空中写真
尼崎城跡石碑
尼崎城は、大物川と庄下川が大阪湾に注ぐデルタ地帯に築かれた城で、尼崎城に直接船が横付けできたことから、海に浮かんだような城であったと言われている。
水堀は2重、3重に巡らされ、縄張りはほぼ正方形で4重の天守・3棟の三重櫓・城門・本丸御殿を建て並べた本丸を中心に、・西部と北部を囲むように二之丸、東に松之丸、二の丸・松の丸を囲むように西部に西三之丸、東部に東三之丸、さらに南に南浜を配置した。
本丸
本丸は東西、南北とも約115メートルのほぼ正方形で、尼崎城の中心に位置し、藩の政務をつかさどる場所であった。本丸の北東隅に天守、天守の付櫓として寅卯二重渡櫓と二重渡櫓、他の3隅に三重櫓が1棟ずつ建てられ、大手方面は多聞櫓を廻らせていた。その中心に御殿があり、大書院を中心として台所や居間、式台、金之間など複数の建物を繋げた構成であった。虎口は東に虎之門、南に太鼓門、西に搦手門の3つが開かれていた。「尼崎城惣郭楼石垣間数幷城下町家数」(『尼崎市史』5)には「御本丸 東西六拾三間半南北六拾三間半」とあり、正方形をなしていた。天守と三つの隅櫓の間は長い渡櫓で連結されていた[2]。
- 天守
- 本丸の東北隅に位置し、西側と南側に付櫓を持つ複合式層塔型4重4階の天守で「分間城図付絵図」では「四重組大櫓」とも併記されている。外観は白漆喰総塗籠で2重目から4重目に唐破風や切妻破風が付けられていた。規模は、東西(桁行)10間5尺4寸(約21メートル)、南北(梁間)8間3尺(約17メートル)、天守台上から棟までの高さは55尺3寸(約16.8メートル)あった。
- 隅櫓
- 隅櫓は天守以下の4隅に建てられ、いずれも3重で2重目屋根に唐破風、切妻破風、千鳥破風を付けていた。
- 東南隅:武具櫓、西南隅:角櫓(伏見櫓)、西北隅:塩嘈櫓

尼崎城復元模型(尼信博物館所蔵)

尼崎城分間絵図

西南隅にあった廃城前の伏見櫓
寛永12年(1635年)尼崎城下絵図、大垣市立図書館蔵。「古城」部分拡大図
阪神電車車庫正面門
- 尼崎城
- 尼崎へ入封した戸田氏鉄が元和3年(1617年)に築城。本丸の位置は、中世の絵図を参考にすれば、本興寺の故地に当たる。この「近世尼崎城」は、現在の尼崎市北城内・南城内に位置する。
尼崎市史(昭和40年代発行)によると、大物城を取り壊しその上に規模を拡大して近世尼崎城築城と判断していた。これが同一の城という根拠になり、他の尼崎城の文献にもそのような記載が見かけられる。しかし、その後に尼崎市立地域研究史料館が編集している地域史研究に掲載されている小野寺逸也の論文「江戸時代前期の尼崎城下絵図について(2)」では、戦国期大物城はむしろ近世尼崎城の北東、大物の西側付近にあったものとの考えが示されている。『尼崎城下絵図』によると、池のような場所の南に「古城」という場所が記載されており、これが大物城のことではないかと推察されている。現在の阪神電車車庫東端からその東側辺りで、近世尼崎城でいうと城下町にあたる。
これらよりただちに「同一の城ではなかった」とは言えないが、現在では「別の城であった」という説が有力である。
模擬天守
2016年に、旧ミドリ電化の創業者の安保詮が「創業の地に恩返ししたい」と[3]約10億円の私財を出して、天守を再建し尼崎市に寄贈するため市有地の利用などについて市と協定を結んだ[4]。大きさや外観は当時の建物を再現するが、再建場所は本来の場所ではなく北西約300メートルの公園内となる[5]鉄筋コンクリート造で地上5階、床面積は1409平方メートルになる予定[6]。
尼崎市は、「一口城主」や記名される「一枚瓦」による寄付とサポーターの募集、イベントなど行っている[7]。
- 2016年(平成28年)12月20日:工事着工[8][9]。
2018年(平成30年)10月:完成。[10]
- 2018年(平成30年)11月30日:市に寄贈。[11]
2019年(平成31年)3月29日に内部の一般公開の予定。[12]
尼崎城の遺構・遺物
現在、尼崎城の地上の遺構としては、確認できるものは少ないが、尼崎市教育委員会は20回以上の発掘調査を実施しており、本丸御殿跡等建物遺構や、外堀として利用されていた庄下川の堤防下より石垣の一部の遺構や、その他多数の遺物が出土している。中央図書館に近い庄下川の川底からは、一列に並んだ石の列が発見され、橋脚を固定する石であろうとされている。また尼崎城址公園の模擬城郭に利用されている石の中にも、矢穴石という石切の際の矢跡が残る石が幾つも見ることができる。公園の石垣に関しては、公園の建設時に使い道がなくなって保管された石を再利用したものと想像される[13]
発掘調査に関しては、尼崎市立地域研究史料館で調査報告書を見ることができ、出土した遺物に関しては尼崎市立文化財収蔵庫にて閲覧することができる。
参考文献
- 『尼崎城築城』(Web版尼崎地域史事典『apedia』)
- 『地域史研究第11巻第3号』尼崎市立地域研究史料館、昭和57年3月
- 『尼崎城ミニ事典』尼崎市立地域研究史料館
脚注
^ 『南部再生』vol.52(2018年12月号)pp.17
^ 『尼崎地域史事典』尼崎市立地域研究史料館(尼崎市、1996年)pp.24
^ 復元・尼崎城、今秋着工へ-旧ミドリ電化創業者が寄付、完成イメージ図公開産経新聞WEST(2016年8月31日)
^ 「尼崎城」天守閣再現へ ミドリ電化創業者、私財10億円超
^ 復元・尼崎城、今秋着工へ-旧ミドリ電化創業者が寄付、完成イメージ図公開
^ 尼崎城にVRシアターや展望室 内部の概要判明
^ 尼崎城尼崎市ホームページ(2017年12月20日閲覧)
^ 家電創業者私財投じ尼崎城復元へ
^ 兵庫)尼崎城天守の再建工事、20日着工
^ https://www.asahi.com/articles/photo/AS20180822000860.html?ref=yahoo
^ https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181201-00000538-san-soci
^ https://www.asahi.com/articles/photo/AS20180822000860.html?ref=yahoo
^ 『南部再生』vol.52 2016年12月
関連項目
- 日本の城一覧
- 兵庫県の城
- 寺町 (尼崎市)
- 高槻城
- 尼崎藩
- 大物崩れ
- 尼信博物館
外部リンク
尼崎城跡(尼崎市公式サイト内)- 尼崎市「尼崎城」
尼崎城(Web版尼崎地域史事典『apedia』)
尼信博物館(公式サイト)
尼崎市立地域研究史料館(公式サイト)
尼崎市文化財収蔵庫(尼崎市公式サイト内)