アンチロック・ブレーキ・システム




アンチロック・ブレーキ・システム(Antilock Brake System、略称:ABS)とは、急ブレーキあるいは低摩擦路でのブレーキ操作において、車輪のロックによる滑走発生を低減する装置である。アンチロック・ブレーキング・システムとも呼ばれる。




目次






  • 1 概要


  • 2 技術


  • 3 構造


  • 4 歴史


    • 4.1 鉄道車両


    • 4.2 自動車


    • 4.3 オートバイ




  • 5 欠点


  • 6 脚注


  • 7 関連項目





概要


自動車の場合、通常の走行中はタイヤと路面は一定のスリップ率以下にはならず、ほぼ滑らない。タイヤの転がる方向が限定されているがゆえに、ステアリング操作によって自動車の方向を制御することができる。通常のブレーキ操作においては、ブレーキローターないしはブレーキドラムとブレーキパッド/ブレーキシューの間に摩擦力が生じ、さらにタイヤと路面の間に摩擦力が生じることによって車は止まる。


しかしながら、急ブレーキを掛けた場合や、路面が濡れていたり凍結しているような場合は、路面とタイヤとの摩擦係数が十分に大きくなく、ブレーキによって生み出されるトルクが路面とタイヤによって生み出されるそれよりも大きくなることがある。この場合、タイヤはロックしてしまい、路面上をスリップ(滑走)することになる。


一旦タイヤがロックして滑り始めると、ステアリング操作が効かなくなり制御不能となるばかりか、前走車への追突や横滑り、横転などの重大事故の危険に晒されることになる。またタイヤが滑っている状態では、タイヤの一箇所が集中して摩耗することになり、タイヤの寿命が短くなったり異常摩耗による振動が出たりする。


これを防ぐために、ブレーキを一気に踏み込むのではなく徐々に踏み込み、滑り始めたら少し緩めて再び踏み込む動作を繰り返す運転技術(ポンピングブレーキ)がある。ABSはこれをコンピュータが行うシステム制御のことであるが、作動するのは摩擦係数の低い路面でそれなりの急ブレーキを踏んだ時であるため、緊急時や競技以外の場面で積極的に使うのは推奨されない。



技術


スリップ率が一定以上に達した車輪のブレーキキャリパー内のブレーキフルードをABSアクチュエータ内のポンプがマスターシリンダに汲み戻し、液圧を下げてスリップ率を一定値まで下げるという動作を自動で繰り返すことにより車輪のロックを防ぎ、最大限の制動力を発揮できるスリップ率を維持する。また、強くブレーキをかけながらの操舵が可能となるため、一般には「急ブレーキをかけながら、衝突回避のためのハンドル操作ができるシステム」であると簡潔に説明される。ほとんどの路面でABS非装着車と比較して制動距離が短くなる一方で砂利道等路面によっては制動距離が長くなるという欠点(後述)もあるため、ABSを過信した運転は危険である。特に凍結路等低μ路でABSが作動する場合、現行車検制度ではABSの油圧系統の方式やABSの作動油圧に関する明確な規定がないため運転者の想像以上に制動距離が伸びる場合がある。たとえば、前後輪連動の2CHタイプや、GセンサーのないABSでは最初にスリップ検知した一輪のブレーキ油圧に制御されるため部品精度や経年劣化により各ブレーキの初期制動能力に差異がある場合(現行車検制度では想定外)は、ブレーキ液圧が必要十分に上がらないためブレーキの片効き状態が続き、「運転者にとってブレーキが効かない」という状況につながる。


上記のような動作機構のため、ABS作動中はブレーキペダルに振動が伝わる[1]が、驚いてブレーキペダルから足を離したりせず、非常時には躊躇せずペダルを目一杯踏み込み続けながらハンドルを操作し、危険を回避する必要がある。


また、一見ABSが作動するとは思えない乾燥した舗装路面においても、マンホールの蓋、砂、砂利、道路標示、段差などをタイヤが踏んでいる時にブレーキをかけると動作し、ブレーキペダルが振動することがある。このことで、新車の購入直後にブレーキが故障したなどと自動車販売店にクレームが持ち込まれる場合もあり、自動車販売店では車両販売時に重要な注意点として顧客に説明している。



構造




構造概念図


この構造概念図における動作は、次のとおり。




  1. ブレーキペダルを踏むことによって、液圧発生装置 (2) から液圧配管 (5) を通じて液圧がブレーキキャリパ (ドラムブレーキではホイールシリンダー。以下カッコ内はドラムブレーキの場合。)(4) に伝えられ、ブレーキパッド(ブレーキシュー)がブレーキディスク(ブレーキドラム)に押し付けられて制動力が生じる。

  2. 制御装置 (1)は回転センサ(車速センサ) (3) により車輪の回転をモニターしており、モニターしている車輪の回転が設定された減速度を超えた場合、液圧発生装置 (2) から発する液圧を下げる。

  3. 液圧が下がると制動力が下がるのでホイールロックから復帰する。

  4. ホイールロックから復帰すると車輪の回転が生じるので制御装置 (1) は回転センサ (3) により現状の減速度を再度算出し、油圧発生装置 (2) から発する油圧を上げ制動力を強くする。


制御装置 (1) は、この一連の操作を数ミリ秒という短時間で行うため、運転者がポンピングブレーキを行うよりも高精度な制御が可能となる。



歴史



鉄道車両


ABSの開発は、欧米の鉄道車両が最初であった。商品名をデセロスタットと称し、その構造は、輪軸端に小さなフライホイールとスイッチからなる簡便なものであった。動作原理は、通常、装置は車輪の回転と共に連れ回りしているだけであるが、ブレーキ時に車輪がロックすると、慣性によりフライホイールだけが回り、その間ケーシングのスイッチを開閉し、その動作により電磁弁を駆動してブレーキ用の空気圧を低減するというものであった。鉄道分野ではこれを機械式WSP(Wheel Slide Protection : 車輪滑走防止)やABS(Anti Brake-locking System : 車輪固着防止装置。ABSの略称はドイツ語の Antiblockiersystem から)と呼んだ。同様のものはその後、航空機用にも手がけられ、1950年代に登場したダンロップ社のマクサレット(Maxaret)システムがそのはしりである。このシステムは完全に機械式であり、航空機で使用された場合はさしたる問題もなく現在でもいくつかの機種で使用されている。


電気式WSPは、1964年(昭和39年)に開業した東海道新幹線(0系電車)にて初めて用いられた。開発は日本国有鉄道の鉄道技術研究所と神鋼電機であり、同研究所と日本エヤーブレーキ(後のナブコ、現ナブテスコ)とが開発していた空圧式WSPとの性能比較試験を制して、その後急速に普及した。当時のWSPはコンピュータがなかったため、マグアンプ演算方式であり、電磁式WSPとも呼ばれている。一方、新幹線電車はその後、トランジスタ演算の電子式WSPとなり、その後デジタル演算式に進化した。今日的な3位置弁のABSとしてはキハ183系特急気動車で初めて実用化され、1995年(平成7年)に登場したJR北海道キハ283系気動車では4チャンネル・マルチモード・マルチポジション弁(比例弁)・圧力併用フィードバック・個別制御といった高度なシステムへ発展した。現代では一般の通勤電車や気動車などにもフラット防止装置と呼ばれて広く普及しており、車輪の偏摩耗抑制や制動距離短縮、回生ブレーキとの電空協調制御(遅れ込め制御)や、TIMSによる編成単位でのブレーキ統括制御との組み合わせなども実現している。



自動車


日本国内の自動車で初めてABSが搭載されたのは、1969年(昭和44年)の開業間もない東名高速道路を走る高速バスに用いられた「国鉄専用型式」であり、新幹線と同じく国鉄の鉄道技術研究所の開発によるものである。ただし、電磁式WSPのコストが高かったため、一般には普及しなかった。日本国外の例では、1960年代に開発されたレース用のファーガソンP99を初め、ジェンセン・FF、フォード・ゼファーの上級モデルであるフォード・ゾディアックの試験的に開発された四輪駆動モデルに搭載されたが、この3車種以外に採用する動きはなかった。ストップ・コントロール・システムと称された別の機械式の装置をルーカス・ガーリング (Lucas Girling)が開発・販売し、一部のフォード・フィエスタ・MK.IIIに搭載している。


一方、ドイツのボッシュ社では1930年代からABSを研究し続けており、1978年に初めてボッシュ社製の電子制御システムを搭載した自動車が発売される。メルセデス・ベンツ・Sクラスとトラックに搭載されたこのシステムは以前の機械式のものに比べて信頼性も高く、1980年代から徐々に市販車への搭載が広がっていった。ボッシュはその後、ナブコと合弁で日本ABS社を立ち上げ、日本の各社の自動車用ABSをOEM生産していった。その流れは現在、日本法人のボッシュ株式会社に引き継がれている。その他、アドヴィックス、コンティネンタル・オートモーティブ、日信工業などが国内有力メーカーである。


F1ではウィリアムズF1が1993年シーズン用に開発したウィリアムズ・FW15Cに採用されている。1994年シーズンにアクティブサスペンション、トラクションコントロールと共々にハイテク規制の分類に入ったため、1993年のシーズンのみでの使用となった。


ABSは、かつては4-ESC(4輪エレクトロニックスキッドコントロールの略称としてトヨタ自動車が使用)、4-WAS(4輪アンチスキッドの略称として日産自動車が使用[2])、WSP、4w-A.L.B.(4輪アンチロックブレーキの略称として本田技研工業が使用)、ファインスキッドブレーキなど、メーカーにより様々な名称が混在していたが、1990年代頃からは全メーカーがABSに呼称を統一した。今日では自動車や鉄道車両も含めABSに統一されつつある。またその技術の変遷をみれば、当初の機械式からその後の電磁式・2チャンネル・2モード・2位置オンオフ弁・速度フィードバック制御へ進化し、近年の電子式・4チャンネル・3モード・3ポジション弁・G併用フィードバック制御(EBD(電子制御ブレーキシステム)を経て、最近ではトヨタ・プリウスといった最新のハイブリッドカーに見られるように、4チャンネル・マルチモード・マルチポジション弁(比例弁)・圧力併用フィードバック・個別制御といったきめ細かなABSへと進化してきている。また、トヨタ自動車ではABSとEBDのほかVSC(横滑り防止装置)やTRC(トラクションコントロールシステム)などを統合制御する「VDIM」(統合車両姿勢安定制御システム)など、更に高度なシステムを開発・導入している。またABSの呼称が統一されていない頃は概ね30万円ほどの高価なオプションであったが徐々に価格も下落し、現在では後述の義務化もあって広く標準装備されるようになった。
国土交通省は、2013年(平成25年)8月に、国連欧州経済委員会の「制動装置に係る協定規則(第13号)」と「操縦装置の配置及び識別表示等に係る協定規則(第121号))」を採用し、トラック・トレーラー・バスの全ての車種にABSの装着を義務化すると発表した[3]。新型車は2014年11月発売以降のモデルから、継続生産車も2017年2月以降から義務化される。



オートバイ


二輪車用ABSの誕生以前には、前後輪連動ブレーキが、ABSに求められる役割を担う技術として一部製品において普及していた[4]。二輪車においては、ホイールのロックが転倒に直結するため、ABSの恩恵はより大きいと期待されていたが、四輪車と比較して搭載できる装置のサイズや重量が限られる上、ポンピングをきめ細かく制御しないと軽量な車体を揺らしてしまうなどの制約があり、開発は遅れた。実用的な電子制御式ABSは1980年代末以降、BMWがボッシュと共同開発した製品(当初は機械式)を市場に投入したのを皮切りに、各社から同様のシステムが実用化されるようになる。ただしその後長期に渡り、高価な大型ツアラーを主力としていたBMWを除き、その採用モデルはごく少数に留まった。その背景にはABSの装置自体がまだ高価で重かったこと、熟練したライダーには機械の助けなど不要とする考えが根強かったことなどが挙げられる。1990年代後半には装置の小型化や低価格化が進み、ヨーロッパを中心に各メーカーとも高速な大型ツアラーなどからABS採用モデルを増やしつつある。


日本国内でもスクーター型普通自動二輪車においてはニーグリップが使えないことから、急ブレーキの際にライダーがハンドルバーを軸に前方へ投げ出されやすく、またホイールがロックすると容易に転倒し大きな事故につながるという事情に対し、装置を搭載しやすい大柄な車体構成や開発競争を促す活発な市場を背景に、近年積極的にABSを採り入れる傾向はあるものの、ABS装着の二輪車のラインナップは充実しているとは言えない状況下にある。


しかし、EU内においてオートバイへのABS義務化の動きがあったことから[5]、日本でも上述の自動車と同様に二輪車についても、国連欧州経済委員会の「二輪車等の制動装置に係る協定規則(第78号)」に基づくABSの装着を義務化すると発表した[6]。新型車は2018年10月発売以降のモデルから、継続生産車も2021年10月以降から義務化される。


ただし第二種原動機付自転車については、ABSの代わりとしてコンバインドブレーキ(前後連動ブレーキ)システムを搭載することが認められる。また下述の欠点によりオフロードではABSが動作すると不安定になるおそれがあることからトライアルタイプのオートバイは義務化から除外される。なお国土交通省は、車体にABS装置を装着していれば、装置をオフにできるスイッチを設置してもかまわない方向を明らかにしている[7]



欠点


ブレーキを踏んだときのスピードや路面状況によっては、ABS装着車の方がABS非装着車より制動距離が伸びることがある。例えば、砂利道や未舗装路、新雪の積もった道路ではABS非装着車の場合、タイヤをロックさせながら砂利や新雪を押しのけて停止する。そのため、砂利や砂、雪がタイヤの進行方向に集まり、大きな抵抗となるため、ABS装着車よりも制動距離が短くなる傾向にある。反対にABS装着車の場合、砂利などがタイヤを滑らす役目を果たし、ABS非装着車に比べ制動距離が伸びる傾向にある[8]



脚注




  1. ^ レーシングカーやスポーツカーの一部車種では高精度な制御が行われるため、作動中もブレーキペダルが振動しない、すなわち車輪の摩擦力が最大(ロック寸前)の状態に制御し、作動中もタイヤがほとんど滑走しないABSが搭載されているものがある。


  2. ^ 呼称が全メーカーで「ABS」に統一された後も、「4WAS」の商標権は日産が保持し続けており、後に四輪操舵システムの商品名として採用されている。


  3. ^ 制動装置に係る協定規則並びに操縦装置の配置及び識別表示等に係る協定規則の採用に伴う道路運送車両の保安基準等の一部改正について


  4. ^ 本田技研工業 公式HP Honda テクノロジー図鑑:Honda Advanced Brake System編 ヒストリー


  5. ^ EUでモーターサイクル用ABS装備が義務化


  6. ^ 二輪自動車へのABS(アンチロックブレーキシステム)の装備義務付け等に係る関係法令の改正について


  7. ^ 二輪車のABS義務化、ON/OFFスイッチの装備が前提 - response.・2015年3月13日


  8. ^ 三菱自動車工業株式会社 SAFETY DRIVE



関連項目







  • ブレーキ


  • 電子制御ブレーキシステム - EBD


  • トラクションコントロールシステム - TCS


  • 横滑り防止装置 - ESC






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