灯油
灯油(燈油、とうゆ)は、灯火用の液体燃料の総称。また、石油製品の一種。
灯油とは、元来はランプなど照明器具のための油の総称をいう。灯火用の液体燃料としては古来より胡麻油や鯨油などが用いられ、この意味では「灯油(ともしびあぶら)」とも読む[1]。
やがて、従来の灯火用燃料の代替品として石油を精製した燃料が用いられるようになった[1]。灯油は石油の分留成分の一つであるケロシンを暖房やランプなどの日用品における燃料として利用するために調整した製品である[注 1]。「ケロシン」そのものを「灯油」と呼ぶことがあるが、ここでは主に石油製品としての灯油について述べる。
目次
1 灯火用燃料の変遷
2 石油製品としての灯油
2.1 概要
2.2 規格
2.2.1 1号灯油
2.2.2 2号灯油
2.3 保管上の注意点
2.3.1 不良灯油
2.3.2 不純灯油
2.3.3 盗難
2.4 使用上の注意点
2.4.1 故障問題
2.4.2 換気・排気
3 各地域での利用と法規制
3.1 ヨーロッパ
3.2 日本
3.2.1 販売
3.2.2 消防法
3.2.3 揮発油税法
4 脚注
4.1 注釈
4.2 出典
5 関連項目
灯火用燃料の変遷
灯火用には、古来よりろうそくのほか、胡麻油や鯨油などが用いられた[1]。
日本で古来、神事等に使用されてきた灯油(ともしびあぶら)としては、魚油、榛油、椿油、胡麻油等が使用されてきたが、9世紀後半に離宮八幡宮の宮司が荏胡麻(エゴマ)の搾油機を考案してからは荏胡麻油がその主流となった(cf. 大山崎油座)。17世紀以降は荏胡麻油に替わって菜種油や綿実油が灯油として主に用いられるようになった。
一方で、庶民が用いる灯油の主流は、永らく魚油であった。日本の民間伝承には、油赤子、油すまし、油坊、化け猫、等々、灯油にまつわるものが数多くあるが、特に化け猫がそうであるように、油を舐めようとする逸話が多く見られる背景には、行灯用の灯油として安価な鰯油などの魚油が用いられていた事実がある(背景として、当時のイエネコの餌は飼い主の残飯であったため、恒常的に脂肪、とりわけ動物性脂肪の摂取に飢えており、行灯の油を舐める行動がしばしば実際に見られたということもある)。
アメリカ合衆国では、1855年、ネイティブアメリカンが薬用にしていた黒色の油を精製したところ、鯨油よりも照明に適していることが分かり、油田開発がスタートした[2]。
原油が資源として重視されるようになったきっかけが、これである。また1958年にはルノアール・エンジンも発明され、需要が伸びるにつれ原油採掘の必要性が高まり、アメリカ合衆国のドレーク(en:Edwin Drake)は、ペンシルベニア州に初の油井を建造し、1859年8月には原油の採取に成功した。
日米貿易は、1854年の日米和親条約に始まるが、1879年には、アメリカ人で商船J. A.トムソンの船長チャールズ・ロジャースが、知人に頼まれ日本の物産を購入する際に、新たな市場としての日本へ貨物として、このときは精製した石油を届けている[3]。
石油製品としての灯油
概要
灯油は、原油の常圧蒸留およびその後の精製によって得られる製品である。無色透明で特有の臭気を放つ液体で、炭素数9から15の炭化水素を主成分とする。灯油の引火点は37–65℃の間であり、その自然発火温度は220℃である。燃焼熱量は軽油のそれに似ていて、低位発熱量は18500Cal/ポンド前後、43.1 MJ/kgで高位発熱量は46.2 MJ/kgである。ただし、引火点以下の状態にあっても霧状の粒子となって空気中に浮遊することがあり、このときはガソリンと同等の引火性を持つ。また、人体への影響としては皮膚炎や結膜炎を引き起こすことがある。
取り扱いが容易であるため、家庭用の暖房機器や給湯器、燃料電池・自家発電用の燃料に使われる。また工業用、産業用途として洗浄あるいは溶剤にも用いられる。
生活必需品の一つであり、石油製品の中でもガソリンと並んで価格動向に注意が払われる製品の一つである[4]。
規格
灯油の品質は日本工業規格(JIS K2203)[5]で規定されている。
1号灯油
一般に利用されるものは精製度が高く不純物(特に硫黄分)が少ないという意味で、「1号灯油」通称「白灯油」の名称が与えられている。1号灯油に要求される品質は、発煙性成分が少なく燃焼性がよいこと、燃えカスがでないこと、刺激臭等がないこと、適当な揮発性を有していることとされている。
2号灯油
精製度が低く淡黄色をしており、主に石油発動機用の燃料であった。その色から「茶灯油」とも呼ばれる。2005年時点では日本国内で生産・流通していない。
品質規格項目 | 1号灯油 | 2号灯油 |
---|---|---|
引火点 | 40℃以上 | |
法定比重 | 0.80 | |
硫黄分 | 0.008質量%以下(80ppm以下[注 2]) | 0.50質量%以下(5000ppm以下) |
色 | セーボルト色+25以上[注 3] | 規程なし |
95%留出温度 | 270℃以下 | 300℃以下 |
煙点 | 23mm以上(11月 - 4月は21mm以上) | 規程なし |
銅板腐食 | 1以下(50℃で3時間測定法による) | 規程なし |
1号灯油の硫黄分の上限値は80ppmと現在の軽油の10ppmよりも高いが、軽油の低硫黄化に伴い現在供給されている灯油も殆どは10ppm以下となっている。
保管上の注意点
強酸化剤と一緒に貯蔵したり、過失・故意に関わらずガソリンや軽油、水などが混入することは避ける。換気に注意し、蒸気の発生に気を付ける。直射日光を避け、冷暗所に保存する。膨張による流出に注意する。
灯油は、長期間の保管や不純物の混入などによって、品質に問題が生じる。こうした不良あるいは不純な灯油を利用すると、さまざまな問題が生じる。
不良灯油
長時間放置あるいは寒暖差の激しい環境に置かれ、品質が劣化した灯油。一般的には使い残した灯油を1シーズン放置したものなどが該当する。良質の灯油は無色透明なのに対し、不良灯油は黄色く変色する。灯油自体の臭気にも変化があり、劣化すると「目にしみる」ような臭気を放つ。
こうした不良灯油を使用すると、黒煙・白煙や異臭が大量に出るほか、火力が安定せず、芯式石油ストーブの場合は芯が黒化し、ダイヤル、レバーなどが操作出来なくなる恐れがある。
不純灯油
不純物が混入した灯油。特に水の混入が多く、ポリタンクのふたが閉まりきっていなかったり、ポリタンク内で霜が降りると、水分が混ざった不純灯油となる。水は灯油より重くタンク下部に溜まるため、水が入っていることに気付かずに使用したことで、機器を故障させてしまうことが多い。
こうした不純灯油を使用すると、火力が弱まり、着火されにくくなる。機器によっては給油警告も常に出るようになる。そのほか軽油やガソリンが混じった不純灯油も考えられ、これらをそのまま使用することで目やのどの痛みを訴えたりと人体に影響が出るほか、火災の原因になる。
盗難
灯油の価格が高くなると、住宅の屋外に設置してある灯油タンクから灯油を抜き出す盗難事件が発生している。寒冷地にある企業などが、盗難対策グッズを開発し販売している。
北海道警察せたな警察署等の警察機関でも、灯油盗難防止用品を紹介している[1]。
また、不必要な状況下で灯油を持ち歩いたり、迂闊にポリタンクを屋外で保管していると放火犯罪の対象になる場合もある。
使用上の注意点
故障問題
石油ファンヒーターおよび石油ストーブは灯油を気化して燃焼させるものであり、機械的な故障は少ない。しかし、ブンゼン式石油ファンヒーターでは不良灯油による故障が多く、1シーズン経過した不良灯油で容易に動作不良となることもある。故障が疑われる場合、まず使用した灯油を疑うこととされており、石油ストーブメーカー各社とも不良・不純灯油の使用による故障は無償修理保証の適用外とされ、有償による修理の対応となる。
不良・不純灯油使用による石油ストーブ故障は、各メーカーが頭を抱えている問題であるが、一般利用者には広くは認知されていない。販売店から初期不良としてメーカーへ返品されてくる製品のほとんどが、こうした不良・不純灯油が原因とされるものである。対応した販売店の店員すらも不良・不純灯油に関する知識が不足し、利用者からのクレームを避けるため、そのまま新品と交換してしまうケースがある。
換気・排気
灯油(特に品質の悪い灯油)を燃焼させると独特の臭いが発生することがある。
屋内で石油ファンヒータを使う場合、換気を怠ると、一酸化炭素などで中毒事故を起こす可能性がある。一酸化炭素は無色無臭のため気づきにくいため、一定量に達すると中毒で死亡する者もいる。30分–1時間に1回程度の換気を心がけると良い。不完全燃焼を引き起こした場合は、即座に使用を停止して、換気を行い、できるだけ新鮮な空気に触れたほうがいい。
屋外に石油給湯器を設置する場合、煙突を延長させるなどの排気対策を十分とらないと、近隣住宅に流れ込みトラブルになりかねない。独特な臭いがする排気が室内に侵入するため、近隣住民宅のトイレや風呂場等の換気が不自由になり、多大な負担をかけるからである。特に音が響きやすい冬場の深夜に稼働させる場合、近隣住宅との間隔(1–3m程度)が狭い住宅街に設置する場合、床暖房に併用させる場合などでは、特に設置者は要注意しなければならない。メーカーでは、設置方法や設置場所について隣家に配慮することを推奨している。
参考:石油ストーブ・石油ファンヒーターによる事故事例集
各地域での利用と法規制
ヨーロッパ
欧州全体の灯油需要は1996年には12万B/Dであった[6]。
スウェーデンでは窒素酸化物や粒子状物質の排出源としてディーゼル自動車が問題視され、1991年に新しい自動車用軽油の品質規格を定めてCity軽油を導入した[6]。しかし、City軽油は灯油留分を多く含むため、燃費が低く、灯油やジェット燃料油が不足する問題も生じている[6]。
日本
販売
灯油はガソリンスタンド(一部店舗と高速道路内のサービスエリア・パーキングエリアを除く)のほか、ホームセンター・ディスカウントストア・スーパーセンターなどの量販店、米穀店、生協、移動販売など広い販路で販売され、家庭への配達が行われる。近年(2004年の段階)では低価格のセルフ式ガソリンスタンドや、ホームセンターにおける持ち帰り購入が増えている。
持ち帰り容器としては1970年代までは金属製の一斗缶が広く用いられていたが、その後は軽量で気密性の高いポリエチレン製のポリタンクが広く使われている。
特に冬の寒さが厳しい北海道・東北地方では、一世帯あたり平均で年間約1,500から2,000リットル程度の灯油を消費することから、一軒家では200から1000リットルクラスのホームタンクに灯油を備蓄し、家屋内の石油ストーブやボイラー等へ自動的に給油するシステムを持つことが一般的である。その他の地方においても、灯油を燃料にする給湯設備が普及しており、これらも、90リットルから200リットルのタンクを有している。灯油が少なくなるといわゆる2トントラックに小型タンクを設置したタンクローリー[注 4]、もしくは規模によっては大型のタンクローリーを呼んで、ホームタンクに給油するか、ガソリンスタンドやホームセンターで購入する。
灯油の価格表示は1リットル当たりの表示と18リットル当たりの表示が混在する[注 5][注 6]。これは灯油を一斗缶で販売していた頃の名残であり、約1斗に相当する18リットル単位での販売が一般化したためである。この為長年、販売される灯油用ポリタンクの標準的なサイズは18リットルだったが、近年はよりキリの良い数字である20リットルが標準になりつつある。
暖房用の灯油は毎年価格の変動が伴い、特に低所得者・社会的弱者にとっての負担が大きい。そのため日本国内の多くの市町村では、「福祉灯油」と言われる灯油購入費の一部に対する支援・助成制度が設けられている。
消防法
消防法では、危険物第四類(引火性液体)第2石油類に分類されている。
消防法により灯油は燃油用タンク以外での保管は禁止されている。しかし、実際には依然として無着色ポリタンク(白タンク)での灯油の保管が続いている。販売者側にも徹底されておらず、白タンク給油は恒常化している。特に消防法改定前から灯油を定期的に購入していた高齢者に多い。
消防法上の危険物としての灯油の指定数量は1000リットルだが、多くの市町村で火災予防条例等により少量危険物の保管について、より小さい数量以上を保管する場合、市町村に届け出なければならないよう定められている。灯油の場合、ほとんどが指定数量の5分の1、つまり200リットルが上限である[注 7]。しかしこれに違反していると知らずに大量の灯油を無届・無資格で備蓄している消費者も散見される。大量のポリタンクを住居敷地内に備蓄したり、ドラム缶を用いたりするケースが多い。ホームタンクの場合、設置施工の際に施工業者がその旨確認することが多いので違法であることはまずない。
揮発油税法
揮発油税法の揮発油の定義には入っているが、同法第16条には「灯油に該当するものは、これを免除する」と記載されている[8]。したがって揮発油税や軽油引取税は徴収されず、実際に消費者が購入する際には、消費税法による消費税のみが賦課される。
ガソリンスタンドにおいて(セルフ式スタンドで)本来軽油を給油すべきディーゼル自動車に価格の安い灯油を給油する行為があるが、これはディーゼルエンジンはもちろん環境にも悪影響を及ぼしかねないばかりか、軽油引取税上の脱税行為となる。このため、灯油には紫外光により蛍光を呈すクマリンを識別剤として添加することが義務付けられている。
脚注
注釈
^ ケロシンからはさらに高品質化することでジェット燃料やロケット燃料が作られる。灯油に利用されないケロシンは製油所で軽油の成分としても転用される。
^ 1996年以前は150ppm以下。
^ セーボルト色とは、液体の透明度を数値で示したもの。
^ 関東以南の降雪の少ない地域では軽自動車の石油配達用ローリーも存在するが、軽商用車の積載量は最大でも350kgであるため400リットル程度しか積載できず、少数派である。関東以南では750kg~1トン積みの小型トラックの配達用ローリーも多い。
^ 例えば、北海道庁環境生活部生活局くらし安全課(2008年12月3日閲覧)では毎月の灯油価格を調査しているが、1リットルと18リットルで価格を表示している。
^ 総務省統計局による小売物価統計調査(PDF)(2008年12月3日閲覧)では、ガソリンは1リットル当たりの価格であるのに対して、灯油は18リットル当たりの価格で調査されている。
^ 北海道では個人住居の場合500リットルが上限[7]
出典
- ^ abc『Fielder vol.26 野火のすべて』笠倉出版社、2016年、57頁
^ 『歴史学事典13』弘文堂、2006年、372頁
^ 『Charles Jabez Rogers, Captain』、メイン州海事博物館。
^ 総務省統計局ホームページ ガソリン/灯油の価格動向(2008年12月3日閲覧)
^ 日本工業規格調査会、JIS K2203、2007
- ^ abc“自動車燃料油に関する欧州の品質強化と石油産業の対応”. 日本エネルギー経済研究所. 2017年8月15日閲覧。
^ “危険物の貯蔵、取扱い、運搬のQ&A/札幌市”. 2017年12月1日閲覧。
^ 揮発油税法
関連項目
- 石油
- ケロシン
- パラフィン
- 硫酸ピッチ
ガソリンスタンド、ホームタンク、ポリタンク
石油ストーブ、石油ファンヒーター
- 石油発動機
- 行灯
- 不正軽油
新美南吉『おぢいさんのランプ』