民主党 (アメリカ)
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民主党 Democratic Party | |
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民主党のロゴマーク | |
全国委員長 | トム・ペリッツ |
下院院内総務 | ナンシー・ペロシ |
上院院内総務 | チャック・シューマー |
成立年月日 | 1828年1月8日[1] |
前身政党 | 民主共和党[2][3] |
本部所在地 | ワシントンD.C. 北緯38度53分3秒 西経77度0分30.4秒 / 北緯38.88417度 西経77.008444度 / 38.88417; -77.008444 |
合衆国下院議席数 | 235 / 435 (54%) |
合衆国上院議席数 | 45 / 100 (45%) |
党員・党友数 | 4134万人(有権者登録届出数)[4] (2016年2月) |
政治的思想・立場 | リベラル モダン・リベラリズム[5][6] 社会自由主義[7] 進歩主義[8] 第三の道 連邦主義[9] 国際協調政策[9] 中道主義[10][11] 社会民主主義[12] 民主社会主義[13][14][15] 保守主義(保守派)[11][16] 左派ポピュリズム[17][18][19] 中道左派 |
公式サイト | Democrats.org |
シンボル | 青 ロバ |
国際組織 | 進歩同盟 |
民主党(みんしゅとう、Democratic Party)は、アメリカ合衆国の政党。共和党と共に二大政党制を構成している。
一般的に保守の立場を取る共和党に対し、リベラルの立場を取る政党である。
2007年から2011年まで下院において多数を占め、2007年から2015年まで上院において多数を占め、2009年から2017年まで大統領を擁した。
目次
1 概要
2 歴史
3 大統領候補
4 主要な支持母体・基盤
4.1 現在
4.2 過去
5 政治思想と支持母体
6 民主党員と民主党の支持層と選挙の傾向
7 民主党の傾向と共和党との差異
7.1 軍事・外交政策
7.2 経済政策
7.3 人権と人権政策
7.4 環境と環境政策
8 関連項目
9 参考文献
10 外部リンク
概要
労働運動やマイノリティの集票力が大きく、外交面では、国際主義的で国際連合へのスタンスも好意的である。
内政面では、中絶完全自由化・死刑制度廃止・不法移民容認・労組重視・伝統的結婚制度維持反対・同性愛容認・LGBTの権利擁護容認・宗教多様化容認などが特徴であり、リベラル思想の政党である。
シンボルはロバ[20]。
歴史
その発足当初は対立する共和党が北部を中心とした近代産業の振興の立場を取るのに対して、民主党は南部を中心とした勢力を支持基盤に持ち、南部の農場主等の権益の擁護を中心としていた。
現在では一般的に対立する共和党が保守主義・新保守主義の立場を取るのに対して、民主党は一般的にリベラルの立場を取る議員が所属するとはされているが、伝統的南部出身者やカトリックなど、非常に保守的な議員もいる。経済政策に関しては国内の製造業、貧困層や弱者、中小企業を救済するため、自由貿易主義を主張する共和党とはやや一線を画す国内産業保護主義を取る。それゆえ民主党政権では日本や中国との経済関係がしばしば問題になる。福祉施策に関しては共和党より積極的な議員が目立つものの、財政政策・金融政策に関しては共和党と大きな差はない。近年は共和党に比べ環境問題への取り組みに積極的な傾向が明確になってきており、京都議定書を推進していた民主党のアル・ゴア元副大統領は、環境問題に対する活動が評価され2007年のノーベル平和賞を受賞するなど話題になった。
外交関係では国際連合(国連)を重視し基本的には国際協調主義を取る。しかし、コソボ空爆などの例がある様に先進国各国の協力・支援が取り付けられれば国連を無視した武力行使も辞さない。
中華人民共和国に対しては、議会を中心に保護貿易主義の傾向が強いので、対中貿易赤字には敏感である。下院議長ナンシー・ペロシなどを中心とするリベラル派が人権問題やチベット問題を非難するなど近年は中国の軍事拡張に批判的な姿勢を取るケースが増えつつある。このことから近年党内では対中強硬派が台頭している。比較的リベラルなカナダとの関係は良好である。中東問題に関しては、共和党と同様にイスラエル寄りのスタンスを示す党員が多数派である。
現在の主な支持層は東海岸・西海岸および五大湖周辺の大都市市民および、プロフェッショナル、アカデミア、若者、労働階級である[21]。またアフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、アジア系(フィリピン系アメリカ人・華僑・日系アメリカ人・韓国系アメリカ人等)などの人種的マイノリティや、ハリウッド映画産業関係者にも民主党支持者が多い。なお、このような支持層が常に民主党支持者であったわけではない。特に長らく共和党を支持していた宗教保守派は近年では民主党に接近を図っている。
民主党は1820年代に分裂したトーマス・ジェファーソンの民主共和派の流れを汲み、アンドリュー・ジャクソンを領袖に結党された「民主共和党」が前身である。1830年より現在の「民主党」を名称にしている。
民主党は、過去にはその支持勢力を北部と南部に分けて捉えることができる。北部では大都市の移民集団で、カトリック系やユダヤ系移民に支持される一方で、南部では奴隷制度廃止に反対し、1860年代には連邦を離脱してアメリカ南部連合を結成した白人層が支持層であった。彼らは南部11州で支持層を拡大して「一党南部」または「堅固な南部」と言われる強力な基盤を形成することになった。
大恐慌のさなかの1932年にはフランクリン・ルーズベルトがホワイトハウス入りし、大恐慌で苦しむ都市労働者をはじめ、黒人(アフリカ系アメリカ人)、カトリック教徒、ユダヤ系市民、そして民主党の支持基盤である南部人らを結集したいわゆる「ニューディール連合」を形成することとなった。しかし多様な価値観を内包する党は、その後の公民権立法などの人種政策の実施過程において、南部白人層の離反(レーガン・デモクラット)を招くこととなる。また女性の権利をめぐる中絶論争で進歩的な政策を取ることから宗教的保守派などの離反も招いた。ここに二大政党制の再編成が起こり、民主党は窮地に追いやられることになったといわれている。その後もヒトES細胞の研究の可否、同性愛の諾否(性的少数者、LGBTの市民権諾否)、同性間における結婚(同性結婚)の諾否など、キリスト教国家として宗教的価値観と関連する問題で一般に進歩的な政策をとることから、宗教的保守派(ただし、カトリック教会は除外)の支持は失っている。
1960年アメリカ合衆国大統領選挙では、初めてローマ・カトリックのジョン・F・ケネディが選出された。
1992年アメリカ合衆国大統領選挙ではビル・クリントンが支持層を広げ、政権獲得に成功した。しかし、1994年の中間選挙で共和党に多数を奪われた。さらに2000年アメリカ合衆国大統領選挙で民主党は政権を失い、2004年アメリカ合衆国大統領選挙でも激戦の末に敗北するなど、現有議席数などから見た党勢は低迷した。
共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領の2期目の中間選挙である2006年11月の選挙では、ブッシュ政権および与党の共和党がイラク戦争問題や所属議員のスキャンダルで強い批判を受け、民主党が上下両院において多数派を奪還した。また、多くの州の知事選でも勝利を収めた。
2008年アメリカ合衆国大統領選挙では、ケニアにルーツのあるアフリカ系の血を引くバラク・オバマが勝利し、8年ぶりに政権を奪還した。また、同時に行われた上下両院の議会選挙でも議席を伸ばした。2010年アメリカ合衆国中間選挙では議席を減らし、上院では過半数を維持したもの下院では共和党が過半数を占めることになった。2012年の議会選挙でも下院の過半数を奪回することは出来なかった。だが、同年の大統領選挙ではオバマ大統領が再選を果たし、2期8年の政権を全うした。
2016年アメリカ合衆国大統領選挙では、元ファーストレディという大統領経験者の配偶者ではあるものの、史上初の女性大統領の誕生を目指したヒラリー・クリントンが共和党候補のドナルド・トランプに、2000年の大統領選挙と同様に得票数では僅差ながら上回ったものの獲得選挙人で敗北し、政権を失った。
大統領候補
年 | 結果 | 候補と当選者 | 大統領 | ||
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大統領 | 副大統領 | 代 | 任期 | ||
1828年 | 当選 | アンドリュー・ジャクソン | ジョン・カルフーン[1] | 7代 | 1829年 - 1837年 |
1832年 | 当選 | マーティン・ヴァンビューレン | |||
1836年 | 当選 | マーティン・ヴァンビューレン | リチャード・ジョンソン | 8代 | 1837年 - 1841年 |
1840年 | 落選 | マーティン・ヴァンビューレン | リチャード・ジョンソン | | |
1844年 | 当選 | ジェームズ・ポーク | ジョージ・ダラス | 11代 | 1845年 - 1849年 |
1848年 | 落選 | ルイス・カス | ウィリアム・バトラー | | |
1852年 | 当選 | フランクリン・ピアース | ウィリアム・キング[2] | 14代 | 1853年 - 1857年 |
1856年 | 当選 | ジェームズ・ブキャナン | ジョン・ブレッキンリッジ | 15代 | 1857年 - 1861年 |
1860年 | 落選 | スティーブン・ダグラス (北部) | ハーシェル・ジョンソン | | |
落選 | ジョン・ブレッキンリッジ (南部) | ジョセフ・レーン | | ||
1864年 | 落選 | ジョージ・マクレラン | ジョージ・ペンデルトン | | |
暗殺昇格 | アンドリュー・ジョンソン[3] | 無し | 17代 | 1865年 - 1869年 | |
1868年 | 落選 | ホレイショ・シーモア | フランシス・ブレア | | |
1872年 | 落選 | ホレス・グリーリー[4] | グラッツ・ブラウン | | |
1876年 | 落選 | サミュエル・ティルデン[5] | トーマス・ヘンドリックス | | |
1880年 | 落選 | ウィンフィールド・ハンコック | ウィリアム・イングリッシュ | | |
1884年 | 当選 | グロバー・クリーブランド | トーマス・ヘンドリックス[2] | 22代 | 1885年 - 1889年 |
1888年 | 落選 | グロバー・クリーブランド[5] | アレン・サーマン | | |
1892年 | 当選 | グロバー・クリーブランド | アドレー・スティーブンソン1世 | 24代 | 1893年 - 1897年 |
1896年 | 落選 | ウィリアム・ブライアン | アーサー・スウォール | | |
1900年 | 落選 | アドレー・スティーブンソン1世 | | ||
1904年 | 落選 | アルトン・パーカー | ヘンリー・ディヴィス | | |
1908年 | 落選 | ウィリアム・ブライアン | ジョン・ケーン | | |
1912年 | 当選 | ウッドロウ・ウィルソン | トーマス・マーシャル | 28代 | 1913年 - 1921年 |
1916年 | 当選 | ||||
1920年 | 落選 | ジェイムズ・コックス | フランクリン・ルーズベルト | | |
1924年 | 落選 | ジョン・ディヴィス | チャールズ・ブライアン | | |
1928年 | 落選 | アルフレッド・スミス | ジョーゼフ・ロビンソン | | |
1932年 | 当選 | フランクリン・ルーズベルト | ジョン・ガーナー | 32代 | 1933年 - 1945年 |
1936年 | 当選 | ||||
1940年 | 当選 | ヘンリー・ウォレス | |||
1944年 | 当選 | ハリー・トルーマン | |||
病死昇格 | ハリー・トルーマン | 無し | 33代 | 1945年 - 1953年 | |
1948年 | 当選 | アルバン・バークリー | |||
1952年 | 落選 | アドレー・スティーブンソン2世 | ジョン・スパークマン | | |
1956年 | 落選 | エステス・キーフォーヴァー | | ||
1960年 | 当選 | ジョン・F・ケネディ | リンドン・ジョンソン | 35代 | 1961年 - 1963年 |
暗殺昇格 | リンドン・ジョンソン | 無し | 36代 | 1963年 - 1969年 | |
1964年 | 当選 | ヒューバート・ハンフリー | |||
1968年 | 落選 | ヒューバート・ハンフリー | エドマンド・マスキー | | |
1972年 | 落選 | ジョージ・マクガヴァン | サージャント・シュライバー | | |
1976年 | 当選 | ジミー・カーター | ウォルター・モンデール | 39代 | 1977年 - 1981年 |
1980年 | 落選 | ジミー・カーター | ウォルター・モンデール | | |
1984年 | 落選 | ウォルター・モンデール | ジェラルディン・フェラーロ | | |
1988年 | 落選 | マイケル・デュカキス | ロイド・ベンツェン | | |
1992年 | 当選 | ビル・クリントン | アル・ゴア | 42代 | 1993年 - 2001年 |
1996年 | 当選 | ||||
2000年 | 落選 | アル・ゴア[5] | ジョー・リーバーマン | | |
2004年 | 落選 | ジョン・ケリー | ジョン・エドワーズ | | |
2008年 | 当選 | バラク・オバマ | ジョー・バイデン | 44代 | 2009年 - 2017年 |
2012年 | 当選 | ||||
2016年 | 落選 | ヒラリー・クリントン[5] | ティム・ケイン |
[1] 辞任。
[2] 在任中に死去したため後任無し。
[3] 共和党のエイブラハム・リンカーン大統領の副大統領、リンカーンが暗殺されたため昇格。
[4] グリーリー/ブラウンは民主党と自由共和党の両党から指名された。グリーリーは選挙後間もなく死去した。
[5] 得票数で勝利したが、選挙人団を失った。
主要な支持母体・基盤
※傾向として以下の団体など。
現在
環境保護団体- 全米訴訟弁護士協会
- アメリカ労働総同盟
IT業界
有色人種(特にアフリカ系)[21]
公民権運動団体- 労働者階級
東海岸・西海岸を中心とする都市部住民
過去
南部綿花産業
自由貿易主義
奴隷制支持派
政治思想と支持母体
民主党は、農家、労働者階級、労働組合、および宗教的・民族的マイノリティーに支持されている。規制されない産業等に反対してきており、累進課税には賛成の立場を取る。外交では、1913年から1960年代にかけては国際主義が中心的なテーマであり、1930年代には貧困層をターゲットにした福祉計画を唱導した。親産業派を有していたが、1930年代にはそれが衰退し、1980年代には南部の保守主義が衰退した。リベラリズムにとって主要な影響を及ぼしているのが労働組合である(それは1936年から1952年までピークだった)。また、アフリカ系アメリカ人の派閥も1960年代から伸長してきている。1970年代からは、環境主義が主要な要素となってきている。[要出典]
政府の介入に基づく市民の自由を掲げており、社会的自由、平等権、機会の平等、財政的責任、医療保険の強制、政府が貧困を和らげるために活動しなければならないと考えている。そのため最低賃金の引き上げなどを主張している。かつては南部の農家のなかで支配的であったが、今は北部と都市部で強力になっている。[要出典]
民主党員と民主党の支持層と選挙の傾向
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例えば、マサチューセッツ、ニューヨーク、カリフォルニアは民主党が優勢な州であると認識されているが、1908-2004年の25回の大統領選挙で最多得票を獲得した候補者の所属政党を見ると、マサチューセッツは民主党が17回-共和党が8回、ニューヨークは民主党が14回-共和党が11回、カリフォルニアは民主党が11回-共和党が13回-独立党派が1回である。1957-2006年と現職の州知事の在職期間を見ると、マサチューセッツは民主党が26年-共和党が28年、ニューヨークは民主党が26年-共和党が28年、カリフォルニアは民主党が20年-共和党が34年である。近年の知事の在職期間を見ると、マサチューセッツは1991-2007年、ニューヨークは1995-2006年、カリフォルニアは1983-1999年、2003-2011年は共和党の州知事の在職期間である。
民主党の傾向と共和党との差異
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軍事・外交政策
アメリカ独立戦争、第二次米英戦争、アメリカ先住民との戦争、アメリカ南北戦争、外国への治安維持部隊の派遣を除いて、民主党政権が外国との戦争を開始した事例は、1846年-1848年の米墨戦争、1914年のメキシコ・タンピコ侵攻、1915年-1934年のハイチ派兵、1916年-1924年のドミニカ共和国派兵、1917年-1918年の第一次世界大戦、1918年-1919年のシベリア出兵、1941年-1945年の第二次世界大戦、1950年-1953年の朝鮮戦争、1961年のキューバ侵攻(ピッグス湾事件)、1961年-1973年のベトナム戦争、1993年-2000年のイラク空爆、1995年のボスニア・ヘルツェゴビナ空爆、1998年のスーダン空爆、1998年のアフガニスタン空爆、1999年のコソボ空爆であり、第二次世界大戦以後の戦争は1950年-1953年の朝鮮戦争、1993年-2000年のイラク空爆以外は国連安全保障理事会の承認がない武力行使である。
1947年のパレスチナ分割決議、1948年のイスラエル建国を民主党のハリー・S・トルーマン大統領が支援し、1948-1949年の第一次中東戦争とイスラエルの占領地拡大を民主党のトルーマン大統領が黙認し、1967年の第三次中東戦争とイスラエルの占領地拡大を民主党のリンドン・ジョンソン大統領が黙認するなど、民主党の大統領もイスラエルに対する一方偏重政策の実績があるとも言いうる。その反面、1978年にジミー・カーター大統領がイスラエルとエジプトの和平を調停し、イスラエルとエジプトの相互承認と平和条約の締結と国交樹立を支援した実績、1994年にビル・クリントン大統領がイスラエルとヨルダンの和平を調停し、イスラエルとヨルダンの相互承認と平和条約の締結と国交樹立を支援した実績もある。
民主党の大統領は1963年に部分的核実験禁止条約、1967年に宇宙条約、1968年に核拡散防止条約、1977年に環境改変兵器禁止条約、1979年に第二次戦略兵器制限交渉、1996年に包括的核実験禁止条約に署名し、連邦議会上院は民主党が多数派だった時代に、1963年に部分的核実験禁止条約、1967年に宇宙条約、1970年に核拡散防止条約、1972年に海底軍事利用禁止条約、1972年に第一次戦略兵器制限交渉、1972年に弾道弾迎撃ミサイル制限条約、1975年に生物兵器禁止条約、1980年に環境改変兵器禁止条約、1988年に中距離核戦力全廃条約、1992年に第一次戦略兵器削減条約を批准した。ただし、民主党の大統領は対人地雷禁止条約に署名していない。
経済政策
連邦議会は上院・下院ともに民主党が多数派だった時代に、1914年のクレイトン・反トラスト法、1933年の証券法、1936年のロビンソン・パットマン法、1938年の公正労働基準法、1967年の雇用における年齢差別禁止法、1976年にハート・スコット・ロディーノ・反トラスト法、1990年の包括的財政調整法、1993年の育児介護休業法、1993年の包括的財政調整法、1993年の北アメリカ自由貿易協定法を制定し、民主党の大統領は1914年のクレイトン・反トラスト法、1933年の証券法、1936年のロビンソン・パットマン法、1938年の公正労働基準法、1967年の雇用における年齢差別禁止法、1993年の育児介護休業法、1993年の包括的財政調整法、1993年の北アメリカ自由貿易協定法に署名し、民主党政権は1914年に連邦取引委員会を設立、1934年に証券取引委員会を設立した。
民主党政権は1945年にIMFに加盟、1947年にGATTに加盟、1994年に北米自由貿易協定(NAFTA)に加盟、1994年にWTOに加盟した。
民主党政権は1949年にATTを、1969年にIBMを、1998年にマイクロソフトを反トラスト法違反を告発して訴追し、独占的状態で公正な競争が阻害されている状況を解消するために企業分割を要求した。1956年に連邦裁判所は司法省とATTに和解を提案し、司法省とATTは和解提案を受け入れてATTは分割されず訴訟は終了した。1982年に連邦裁判所は司法省とIBMに和解を提案し、司法省とIBMは和解提案を受け入れてIBMは分割されず訴訟は終了した。2002年に連邦裁判所は司法省とマイクロソフトに和解を提案し、司法省とマイクロソフトは和解提案を受け入れてマイクロソフトは分割されず訴訟は終了した。
人権と人権政策
アメリカと民主党は第二次世界大戦で日本、ドイツに対して、朝鮮戦争で朝鮮に対して、ベトナム戦争でベトナムに対して、1995年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でボスニア・ヘルツェゴビナに対して、1998年にスーダンとアフガニスタンに対して、1999年にコソボに対して、1993-2000のイラクに対して、核兵器、焼夷弾、枯葉剤、通常爆弾、劣化ウラン弾による攻撃で、非戦闘員である民間人を大量殺傷し、病気の発症や遺伝子の変異の原因になり、重金属による土壌・地下水・湖沼・河川の汚染や、病気や遺伝子の変異の原因になる可能性・危険性が指摘されていることに対して、国としても、政権党としても、前期の行為が人道に対する犯罪であることを認めず、前記の行為と行為の結果を全て正当化し、いかなる謝罪も賠償もしていない。
連邦議会は1933年-2008年の76年間のうち、上院は1933年-1946年、1949年-1952年、1955年-1980年、1987-1994年、2007年-2008年の54年間、下院は1933年-1946年、1949年-1952年、1955年-1994年、2007年-2008年の60年間、民主党が多数派だったが、合衆国憲法、連邦法、軍法のいずれも死刑制度を維持している。
2007年1月時点で州の刑法として死刑制度があり、連邦最高裁の合憲判断により死刑執行が復活した1977年以後に死刑を執行している33州と、2007年1月時点で州の刑法として死刑制度があるが連邦最高裁が死刑は違憲と判断した1972年以後は死刑を執行していない5州と、2007年1月時点で州の刑法として死刑制度が無い12州と1特別区を比較検証すると、州議会の多数派と州知事の在職期間が民主党だった期間と共和党だった期間とどちらが長期間か短期間かは関連性はない。
連邦議会は上院・下院とも民主党が多数派だった時代に、1938年の公正労働基準法、1963年の同一給与法、1964年の公民権法、1965年の社会保障法、1967年の雇用における年齢差別禁止法、1968年の公民権法、1975年の障害者個人教育法、1988年の市民の自由法、1990年のアメリカ障害者法、1993年の育児介護休業法を制定し、民主党の大統領は1938年の公正労働基準法、1963年の同一給与法、1964年の公民権法、1965年の社会保障法、1967年の雇用における年齢差別禁止法、1968年の公民権法、1993年の育児介護休業法に署名し、民主党政権は1965年に雇用機会均等委員会を設立し、1966年にアファーマティブ・アクションを制度化した。
民主党の大統領は1948年にジェノサイドの処罰予防条約、1949年にジュネーブ条約、1966年に人種差別撤廃条約、1968年に難民条約の議定書、1977年に経済的・社会的・文化的権利に関する国際規約、1977年に市民的・政治的権利に関する国際規約、1980年に女性差別撤廃条約、1995年に児童の権利条約、2000年に児童の権利条約の選択議定書、2000年に国際刑事裁判所条約に署名し、連邦議会上院は民主党が多数派だった時代に、1975年にジュネーブ条約、1988年にジェノサイド処罰予防条約、1992年に自由権規約、1994年に人種差別撤廃条約、1994年に拷問禁止条約を批准した。
民主党の大統領は難民条約、自由権規約の第1選択議定書、ジュネーブ条約の追加議定書、自由権規約の第2選択議定書(死刑廃止議定書)、移住労働者保護条約、女性差別撤廃条約の選択議定書に署名せず、連邦議会上院は民主党が多数派だった時代に児童の権利条約を批准していない。
環境と環境政策
アメリカと民主党が第二次世界大戦で使用した核兵器は放射線による病気の発症や遺伝子の変異の原因になり、ベトナム戦争で使用した枯葉剤は生物の遺伝子に変異を与えた可能性・危険性が指摘され、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、スーダン空爆、アフガニスタン空爆、イラク空爆、コソボ紛争で使用した劣化ウラン弾は、重金属による土壌・地下水・湖沼・河川の汚染や、病気や遺伝子の変異の原因になる可能性・危険性が指摘されている。
連邦議会は上院・下院ともに民主党が多数派だった時代に、1963年の大気浄化法、1964年の自然原野法、1970年の大気浄化法、1972年の海洋哺乳動物保護法、1973年の包括的絶滅危惧種法、1974年の安全な飲料水法、1976年の国有森林管理法、1976年の有毒物質管理法、1977年の水質浄化法、1990年の大気浄化法を制定し、民主党の大統領は1918年の渡り鳥条約法、1963年の大気浄化法、1964年の自然原野法、1977年の水質浄化法に署名した。
民主党の大統領は1994年に砂漠化対処条約、1998年に気候変動枠組み条約の京都議定書に署名し、連邦議会上院は民主党が多数派だった時代に、1960年に南極条約、1973年にワシントン条約、1988年にウィーン条約のモントリオール議定書、1991年にウィーン条約のロンドン条項、1994年にウィーン条約のコペンハーゲン条項を批准した。
連邦議会上院は民主党が多数派だった時代に、バーゼル条約、生物多様性条約、ロッテルダム条約、ストックホルム条約を批准していない。
ただし、近年に限って言えば地球温暖化対策に消極的だった当時のブッシュ大統領に対し、先述のとおりアル・ゴアがこの問題に関する映画を公開し、2009年に就任したオバマ前大統領が「グリーン雇用創出構想」を打ち出すなど、共和党と比べ環境問題に熱心な姿勢が明確になりつつあった。
関連項目
- 民主党全国大会
- アメリカ合衆国の政治
- アメリカの政党
- 青色州
参考文献
^ Donald B. Cole (1970). Jacksonian Democracy in New Hampshire. Harvard University Press. p. 69.
^ 日本大百科全書(ニッポニカ) コトバンク. 2018年11月12日閲覧。
^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 コトバンク. 2018年11月12日閲覧。
^ Ballot Access News & TruthInMedia
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^ 民主党選出のアンドリュー・ジャクソン大統領が批判者達からロバ(jackass~間抜け、馬鹿という意味がある)と揶揄されたが、これを逆手に取って自らのシンボルとしたのが起源である。後に風刺画家のトーマス・ナストはここからロバを民主党のイメージとして描き、普及させた。1874年にヘラルド紙が、動物園から動物が逃げ出したという架空の記事を掲載、これによってニューヨークがパニックとなる事件があった。この様子を上述のトーマス・ナストは、ライオンのぬいぐるみを被ったロバに恐怖し、象が逃げまどうという姿で風刺した。これを受けて共和党はロバ(民主党)に恐怖する象を逆手にとって自らのマスコットにした。すなわち両党ともユーモアの精神と度量の深さをPRしたのである。
- ^ abhttp://www.cnn.com/ELECTION/2008/results/polls/#val=USP00p1
外部リンク
- Democratic National Committee
- Young Democrats of America
- College Democrats of America
- Kicking Ass: Daily Dispatches from the DNC
- Progressive Democrats of America
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